【嫌いなアイツとゾンビと俺と】第2話
「それではー、学園祭の班のあみだくじの結果を発表しまーす」
学級委員長の声を聞く前に、黒板の白い線を見て、歩樹は絶望していた。
教室の飾り付け係、男子二名・女子二名の欄に、歩樹と……空斗の名前が並んでいたからである。極限まで瞼を細くして、思わず睨むように歩樹は空斗の背中を見据えた。するとチラリと振り返って空斗が、これ見よがしに溜め息をついていた。それにまたイラっとした。
「班ごとに集まって相談をしてください!」
そう号令がかかると、女子二名が空斗の席にすかさず駆け寄った。どうやらあそこで話し合いをする気らしいと判断し、しぶしぶ歩樹も立ち上がる。
そして話し合いが始まった。
意外とそれは楽しかったので、歩樹は次第に笑顔を取り戻して、率先して提案をしていく。だがクールを気取っているのか、腕を組んでいるだけの空斗は何も言わない。それを格好いいと評価する女子の気が知れないと、いつも歩樹は思っている。
「――じゃあ、買い出しは男子に決まりで!」
すると女子の一人が言った。もう一人も、大きく頷いている。
紙に書いた買い物リストを、ぐいと歩樹の前に差し出している。歩樹は呻きそうになった。空斗が呆れたように己を見てから、紙を手に取るのを、歩樹は眺める。
「分かった。都市モノレール脇のビルでいいか?」
久しぶりの会話、それを仕切った空斗を見て、奥歯を噛みしめながら、何度か歩樹は頷いた。女子の前では嫌味を言わないらしいと判断し、そこもむかついた。空斗と違って、歩樹は全く女子にはモテない。バカ男子扱いを受けている。
こうしていやいやではあったが、金曜日のその日、放課後に歩樹は空斗と買い出しに行くことになってしまった。
直接帰宅する予定だからか、空斗は竹刀が入っているらしき鞄を背負っている。
歩樹はといえば、身軽だ。青い鞄一つだけだ。
学ランのボタンを外し、赤いTシャツをパタパタと揺らしながら、席を立った歩樹は空斗の机へと向かう。空斗はといえば、白いYシャツにきっちりと黒い学ランを着込んでいる。もう夏だが、比較的六島は涼しいので、男子は皆学ランを上着代わりにしてはいるが、きっちり着込むのはさすがに暑いだろうと歩樹は思っていた。
「ほら、真鍋。行くぞ」
「ああ、分かっている」
歩樹の声に、空斗が教室の後方のドアを目指し始めた。声をかけたのは歩樹のはずなのに、追いかける形となった。
しかし無言の道中が、歩樹は苦手だった。嫌いな相手とは言え、ついつい話しかけてしまう。
「お前その竹刀、重くないのか? 剣道部って持ち帰りなのか?」
「この後、剣道場で稽古があるんだ。俺は、部活以外でも剣道を極めてる」
「へぇ。極めてどうするんだ?」
「――なんで?」
「え。ただの興味だけど」
「だったらそのお喋りな口を閉じろ。俺達は義務で買い出しに行くだけだろ。なれ合うつもりはない」
「はいはい」
こうして、結局無言になってしまい、これだから空斗が嫌いなんだと歩樹は感じていた。呆れた思いで生徒玄関へ向かい、靴箱から外履きを取り出して、校庭に出る。本日は白い雲が空を圧迫していて、一雨降りそうだ。過ごしやすいのは良いことだが、帰宅までに雨が降らないことを祈ってしまう。
沈黙が横たわるままで向かった駅ビルにて、目指したのは五階に入る雑貨店だった。
あまり駅ビルに馴染みのない歩樹がキョロキョロとする前で、灰色のカゴに空斗が手際よく、紙テープや折り紙、マジックやおはながみを入れていく。買い出し用の費用は、既に班の決定の際に、担任から受け取っていた。その金額内で、空斗が買い出しを終えた時、何もしていなかった歩樹は、雑貨店の前へと歩いて、立ち止まっていた。
「御神楽? 何をしているんだ?」
「ん、あ……」
そこにはサバゲの銃や弾丸が展示されていたのである。思わず手に取っている姿を見られたと気づき、歩樹は曖昧に笑った。
「――好きなのか?」
「ま、まぁ」
珍しく空斗から話を振られた歩樹は、曖昧に笑った。オタク趣味だと笑われそうで怖かったが、隠すのも矜持が許さない。
「お前にも趣味があるじゃないか」
「へ?」
「先程の答え――俺は、剣道が好きなだけだ。趣味なんだよ」
「!」
目を丸くしてから歩樹は、ゆっくりと瞬きをした。
――なんだ、話せば分かるところもあるんじゃないか。
そう思えば、少しだけ嬉しくなって、歩樹は唇の両端を僅かに持ち上げた。
「あの、大丈夫ですか!?」
声が聞こえてきたのは、その時のことだった。
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