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人間が人間を休もうとしている隙間で

"全自動歯磨きマシンが開発されると嬉しいのだけど"
と話し始めると、すぐさま同意の声が聞こえた。あまり感情を出さないタイプのその人が、目を少し大きく開けて、声が少し早く大きく高くなったので、かなり共感してもらえているとわかり、とてもうれしかった。『だけどぶくぶくが口からあふれちゃうからお風呂場がいいね』というので、"そのあたりは口の周りにフィットするカバーとかないのかな"と言いながら、自分がそのカバー付き全自動歯磨きマシンを装着しているところを想像した。半透明のシリコンでできたそのやわらかなマスクの隙間から、たしかにぶくぶくがあふれ出てきそうである。"あふれ出てこないような構造が難しそうだね"と返事を待たずに続ける。その人は手元の荷物を整理するような手つきをしているが、本当は動いているだけで何をも成していない。おそらく頭の中はよほど面白いアイデアを考えているのだろう。しかし、ふいに『鼻が詰まっているときは使えないね』と言うので拍子抜けした。"ですね、まだ課題アリということ認識しました、次回対応させていただきます"と、まるで開発者になった気分で答えた。

『全自動の話なんだけど』
いきなり話を始めるときは、話す前にちょっとこっちを見ながら『ん』と言う癖があることを私は知っている。だから話が始まるのがあらかじめわかり、びくびくしないで済む。ただ、全自動の話は数日前にしたものだったので、その話まだ続いていたんだという少しの驚きと、可笑しさ/嬉しさを胸に隠して"ハイ"と答える。
『俺は全自動髭剃り機がほしい』
"そっか~、そうだよね~、自動だったら楽だよねえ"とすぐさま相槌を打った。頑丈な髭は生えないので真の共感はできないけど、もしそれが開発されたら、その人が、いや多くの人が、すごく楽になることは容易に予想できた。見るからに面倒そうだ。しかも生やしたままにしておくと不潔と思われたりする(よくテレビでそういう場面を見る)。私なんて歯磨きが面倒なくらいなのに、それ以外に髭処理も含まれるとそりゃ大変だ。"髭の脱毛、流行ってませんか"とこちらからもアイデアを出してみたが、自分の髭は手ごわくて、脱毛するまでだいぶ通わないといけないような気がしてそれも面倒とのことだった。どっちへ行ってもメンドクサイの、そのY字路を迷わず既存の方を選び、その人は無表情で洗面台に向かって行った。考え続けているようで、何も考えていない顔に見えた。私はとっくに歯磨きを終えている。メンドクサイはシアワセ ニチジョウであった。

今改めて考えてみると、私は全自動日記作成機が欲しい。嫌な思い出も含めて文字起こしをお願いしたい。人間のいい意味で忘れてしまう機能に抗いたい。頭の中を文字起こししたらってどんな言葉/文章になるのだろう。非常に興味深い。ノンフィクションだけど、見えている世界より幅広く嘘っぽいようなストーリーが出来上がると思う。いつかできたらお願いしよう。それまでは自分で、マニュアルモードで進ませていただきます。13日の金曜日。怖かったあの頃のこともまだ覚えている。よし。

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