自傷 俺の場合

 リストカットというものがこの世にはある。インターネットではお馴染みであろう。
 メンヘラと呼ばれる人種が、自分の手首を剃刀で傷つけるアレのことである。時には写真を撮って、インターネット上にアップロードされることもある。彼女らの行為の是非はともかくとして、実は俺にも似たような癖があるのだ。
 俺の場合、剃刀で手首を切るというものではない。やはり男だからか、もっと原始的だ。自分の顔を殴るのである。衝動的に、憎しみの記憶を思い出すと、いてもたってもいられなくなり、気付いたら自分の鼻をグーの形にした拳で何回も何回も叩いているのだ。
 殴られているときは、アドレナリンが出ているから大して痛くはない。自分で殴っておきながら、まあこれくらいなら大丈夫だろうという理性が、どこか頭の片隅に残っている気がする。しかし、大概は誤算に終わるのだ。冷静になるとアドレナリンもひいてしまうから、痛みがじんじんと染みてくる。時々、質が違う痛みを感じることもある。折れているのである。おかげで鼻の骨がクニャクニャなのだ。殴ってさえいなかったら、今頃俺の鼻筋はピシッと通り、さぞかしモテモテだったに違いない。
 最初はただ単に気持ちが晴れるから、という理由だったように思える。目を覚ますような気持ちで、鼻を軽く小突いた。嫌な奴との喧嘩を想定して、自分のパンチにどれくらいの力があるかを試した。誰かに心配して欲しくてわざと見せつけるように人前で自分の顔を殴った。そしていつの間にか癖になっていた。
 たまに、俺は精神科に通ったほうが良いのではないかと思うことがある。だが、周囲の精神科通いの知人の状況を窺うに、通ったら通ったで、俺はまた言い訳を見出だしてしまうだろうから、きっとこのままの方が良いのである。自傷は当分に辞められそうにないが、殴ったら殴ったで良いのだ。今は昔より大分メンタルが回復している。まだそんな段階なのだ。
 俺はこの自傷癖について、あまり他人に打ち明けたことはない。笑える話題でないし、打ち明けないほうが良いには決まっているが、少し面白いと思っている自分もいる。いつか重い過去を持った可愛いメンヘラの彼女が出来た暁には、俺も自傷癖があるんだ。鼻の骨が無くなったのだ。触ってみろ。と言ってやるつもりである。

#リストカット #自傷 #メンヘラ #随筆 #エッセイ


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