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てぃくる 668 割山椒

「おもしろい形の器ですね」
「初めてご覧になりましたか?」
「ええ」

(モクレン)


 宿の女将が袖をたくして私の前にことりと置いた黒褐色の器は、三方がざっくり欠けていた。器の中には炊かれた湯葉。その肌の上に、ひとかけの木の芽が置かれている。
 初老の女将はすっすっと身を引いて背を伸ばし、わずかに微笑んだ。

「それは、割山椒という器です」
「へえー」
「椀が隠す。皿が晒す。そのどちらにもそぐわないものをお出しする時に使う器なんですよ」
「どういう意味でしょうか?」
「汁を注げばこぼれます。少しだけ盛られるとよく見えません。では、何を置けばいいのでしょう?」

 こちらの問いを問いで返され、いささか面食らう。

「ううむ……」
「この器は。迷いを少しだけ味に足すんです」

 丁寧にお辞儀をした女将が、わずかな衣摺れの音を残して部屋を辞した。割山椒の中で、上品に畳まれた湯葉が身悶えしている。出汁で濡れた肌が……妙に艶かしかった。


筍の穂を炊く鍋に白醤油

(2020-04-11)

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