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【小説】にわとりたまご🥚 最終羽

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≪第13羽をを読む🐥

🥚高橋さき

みいあちゃんの最終公演が終わった。

ほのかちゃんからの熱い要望だったとびきりのメイクアップと、ペンキをつかったライブパフォーマンス。

どこかなまめかしさもありつつ、こころを針で突き刺されるようなクールさすら覚える化粧をしたみいあちゃん。

彼女はあの場にいて、ペンキと一緒に乱れ、乱発的にしゃべって、ほとばしる思いの丈をまき散らした。

あの真剣な顔、ペンキが頬に飛び散ったときに手の甲でぬぐう姿、アイドル衣装のフリルに飛び散っても何もしない逞しさ。

意味がわからないとか、みいあちゃん変わっちゃったねという意見もネットでは話題になっていたけれど、今のみいあちゃんの方がイキイキとしていてよりよいように見えた。

どこからの逃避のためではなく、自分が真に希求するものをさがすためにものをつくっている、そんな気迫を感じて。

私はといえば。

「黒田部長。すみません。お世話になりました」
「高橋さん、リタイヤにしてはちょっとアーリーすぎるよ~」
「すみません。どうしてもやりたいことができたんです」

私は、黒田部長に辞表を提出することにした。
みいあちゃんが設立する会社にはいって、彼女のマネージャーをつとめるためだ。

昨日の最終公演終わり、みいあちゃんと二人きりになったとき、彼女から直々に打診があったのだ。

「ねえ、わたしと一緒に会社つくらない?」
「え、何の会社?」
「わかんない。まだきめてないけど、わたしの良いをたくさん伝えるものになればいいなって思ってる。でも、その間ずっと忙しいだろうから、ずっと精神的にも実務的にも支えてくれるようなマネージャ―になってほしい」

みいあちゃんの真剣な瞳。体全体からみなぎる力。

私はその彼女の熱量に惹かれたのもそうなのだけれど、私自身がぼんやりとしながらも培うことができた能力が発揮されそうだったから、即みいあちゃんの会社をフルタイムで手伝うことに決めた。

「けっこう仕事できる方だったんだけどな高橋さん、ね、戻ってきてくれないのかな、俺のアーリーリタイヤのためにさあ」

黒田部長は、犬がごとき目のうるませ方をしていた。
それもそうだろう。せっかく数か月育てた部下が、突然離れる判断をしようとしているのだから。

「私の心は決まってしまっているので、やっぱりダメです。すみません」
「えー」
黒田部長は、幼い子供のように唇をつきだして悲しんでいた。

数か月、考えられないくらい長い間オフィスにいて、残業も開発のデスマーチも乗り越えた。そういう連帯感が醸成されつつある今の段階でやめるということは、鉄の鎖を断ち切るくらいには苦しい判断だった。

「でも、この会社で勤めて、プロジェクトマネジメントスキルを手に入れられたから今のやりたいことにたどりつけたんだと思います。ここでの経験がなかったら、いまのやりたいなと思えることに出会えていません」

もともと、私はやりたいことなんてない人間だった。
でも、いまや、みいあちゃんのマネージャーをやりたい、って思ってる。

🐔

22時、私は東京タワーを望むことができるローソンへと向かった。

わたしはもともとの仕事は好きでも嫌いでもなかったし、人生をかけて仕事をするようなことはきっとないだろうと思っていた。

でも、私の中には何か新しい養分が入っていったみたいだった。自分で培ったものが育っていって、新しい何かに──。

店内に入ってレジに向かうと、ほのかちゃんが身を乗り出して私の目を見て言う。

「さきさん、本当にみいあちゃんの会社入るんですね!」
「うん。そうすることにした。わくわくするかなって思って」

彼女は、手をたたいて喜んでくれていた。

「わたしは、なにもかも中途半端になっちゃうのが嫌なので、ちゃんと受験勉強がんばろうって思います」

きっと、私よりもほのかちゃんのほうがずっと、みいあちゃんの会社に入りたかったはずだろうと思う。

でも、タイミングの問題で今回はやめた。どうしても今はいらなければならないようなものでもないから。

でもきっと、彼女はまた何かと出会って、考えて、そのときにいっしょに何かをすることができたら。きっと楽しいだろうなと思う。

「そろそろ来ます」
「誰ですか?」
「ひだかさんですよ!」

「お疲れ様でーす」
彼はは自動ドアを通過し、さっそうとレジの前、つまり私の後ろを通って行って、バックヤードに入っていった。

彼が通った後には風がきりさかれて小さな空気になっていった。

私はもともと仕事が好きではなかったし、したいことなんて何一つなかった。

けれど、気づけば私はみいあちゃんのマネージャ―になって、さまざまな案件のサポートをすることになっていた。

最初から私はみいあちゃんのマネージャ―になんてなりたいと思ったこともないけれど、いざ渡されたら、どうしてもやりたいと思えることになってしまっている。

たまごが先か、にわとりが先か。何かが今とはちがうものになるときは、いつだってそのときには気づけない。


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