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湖の記憶5(ミステリー小説)

山口蒼洋は東精大学医学部の研究室で待っていた。
「いてくれて良かったよ」
サトルは山口に礼を言った。
「いや、僕の管轄の相談なんて言ってたから、人でも殺して死体が残っちゃったから処分先として受け取れとでも言われるのかなと思ってね」
山口が笑顔で言った。
「つまらない冗談は後にしてくれ。オレは真剣に悩んでいるんだ」
サトルの顔色は、墓標で自分の名前を見つけてからずっと青ざめていた。
「確かに顔色が悪いね。じゃあ、早速相談ってやつを聞こうか」
笑顔を絶やさなかった山口の顔が真剣になった。

サトルは古い寺で自分の墓を見つけたいきさつを語った。
「いったいどう説明がつくんだ? オレは今こうして生きているのに、なぜ小さい頃のオレの骨が行ったこともない寺に埋まっているんだ? それもオレが記憶を失っていた時期とピッタリ一致する」
サトルは小さい頃の記憶がなく、両親もなぜかその理由を話してくれないこと、写真すら1枚も残っていないことも話した。
「骨壷の中にはどれくらいの骨が入っていたんだ?」
「それほど入っていなかったな。底のほうに7、8センチくらいだね」
「幼児の骨だったらそれくらいかな。まあ、身長にもよるけどね」
「じゃあ、オレの幼児のときの骨だというのか?」
「いや、今ここに君がいるのだから、この骨が君のものであるはずがない」
「じゃあ、誰の骨なんだよ」
「さあ、そんなことわかるわけないじゃないか。DNA鑑定でもしてみれば、君の骨でないことはわかるよ」
「DNA鑑定か。聞いたことがあるな」
「君の組織の一部を拝借させてもらって、その骨と比べる。DNAが一致しなければ赤の他人の骨というわけだ。まあ、当然結果は赤の他人ということになるだろうけどね」
「今すぐそれをやってくれ」
「ちょっと待ってくれよ。今、この場で簡単にできるもんじゃないんだ。それに個人からの依頼の場合、お金をもらわないとできない規則になっているから」
「いくらかかるんだ?」
「一般的な親子鑑定ならばニ万から四万円程度でできるよ。でも、今回のケースは初めてだから、少しお高くなるだろうね。そのへんは教授に聞いてみないとわからないよ」
「金なら払うよ。だからDNA鑑定をやってほしい」
「お金を無駄に捨てるようなもんだよ。君の骨のわけがないんだから。たぶんただの偶然だろう」
「それでもかまわない。こんな疑問をずっと持ち続けて生きていくなんて、オレにはできないよ。白黒はっきりさせたいんだ」
「わかったよ。それではまず、持ってきた骨を預かりたい。それから君の検体がほしい。ちょっと待ってて」
山口が部屋から出ていった。

山口はすぐに戻ってきた。手には綿棒と試験管を持っている。
「この綿棒で口の内側をこすって、この試験管に入れてくれないか」
「わかった」
サトルは言われたとおり、綿棒を口の内側、頬の裏っ側に当て、上下に三回こすった。

サトルが山口の手にしている試験管に綿棒を入れると、すぐに山口が試験管にフタをした。
「調査期間は一か月ほしい」
「そんなにかかるのか?」
「ああ、DNA鑑定には時間がかかるんだよ」
「仕方ないな。じゃあ、よろしく頼む」
サトルが立ち上がり、部屋を出ようとドアノブに手をかけた。
「そうだ。ひとつ言っておかないといけないことがあった」
「何だよ?」
「君の検体は今取ったばかりだからいいんだが、もうひとつの骨については、死んでからどれくらい経ったによって鑑定できない場合がある。その場合でも費用はもらわなきゃいけないんだ」
「わからないこともあるのか? まあ、それならば仕方ない。それならそれでやってくれ」
サトルは部屋を後にした。

鑑定結果が出るまでの間、サトルは前回撮り損なった湖ニか所の撮影と撮り貯めた写真の整理に費やした。四冊目の写真集の出版が決まっており、締め切りはもうすぐだった。

三週間後に、山口から電話が来た。
「森本か?」
山口の声にいつもの陽気さはなかった。
「ああ、オレだよ。結果が出たんだな」
「そうなんだ。それでね、・・・もう一度大学に来てもらいたいんだ。うちの教授が聞きたいことがあるって」
山口の声には戸惑いの色が混ざっていた。
「お前の教授が? なんか問題でも発生したのか?」
「そういうわけじゃないんだ。あ、いや、問題と言えば問題なんだけどね」
「金が百万円もかかるとか、そういうことか?」
「いや、金の問題でもないんだ」
「じれったいな。じゃあ、何が問題なんだ?」
やや間を置いて山口が言った。
「鑑定の結果、君とあの骨のDNAが一致したんだ」
                   <続く>

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