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「汝、殺すなかれ」(ショート・ショート)

「何があっても人を殺しては絶対にいけない」
小さい頃に両親から言われ続けてきたし、そんなのは当たり前のことだと思っていた。

テレビで殺人事件のニュースが流れるたびに、両親はこんな悪い奴は人でなしだ、人間じゃないと憤っていた。僕だっていつもそう思っていた。人殺しなんて、僕たちとは違う生き物なんだと。

死刑のニュースが流れても、死刑囚をかわいそうなんて思えなかった。人を殺したんだから、その罪を命で償うのは、僕にとって当たり前のことだった。自分が人殺しになるなんてことは想像もできなかった。だって、あいつは違う生き物なのだから。

大学生になった頃から、世界はきな臭くなってきた。国同士が互いに罵りあい、相手国を罰し、規制をかけ、お互いを潰そうとした。相手国は味方をたくさん集めて対抗した。それならばと、もう片っぽの国も連合を組んで争った。経済戦争の始まりである。何度も国際会議が開かれて、和解できないかを話し合ったが、お互いが譲らず何も決められなかった。

そして、ついに戦争が始まった。国民は自国のために徴兵され、戦場に送り出された。

僕も国から呼び出され、戦争の訓練をさせられたうえで、戦場に連れていかれた。

銃を持たされて、敵を見つけたら撃ち殺せと指示が出た。でも、僕には人は殺せなかった。上官に何度も殴られたが、僕は銃を一発も敵に向けて撃たなかった。

とうとう最前線に追いやられた。敵と真っ向からにらみ合った。銃弾が飛びまくり、敵だけでなく味方も死んでいった。敵のほうが人数も多く、味方の数はどんどん減っていった。でも、僕は敵を殺すことはできなかった。「何があっても人を殺しては絶対にいけない」と両親に言われて育ったから。人を殺すのは僕とは違う生き物だから。

僕のまわりは違う生き物だらけだった。見たこともない相手国の人を憎み、お互いがお互いを殺し合った。どうしてみんな人殺しなんかするの?そんなことをして何が解決するの?そんなことを考えながら、僕は塹壕に伏せたままでいた。

とうとう僕のまわりの人たちはみんな死んでしまい、僕一人が敵に囲まれてしまった。

こうなったら仕方ない。僕は塹壕から顔をあげて、銃を構えた。
しかし、やはり撃つことができなかった。

敵の弾が僕の右肩に当たり、僕を弾き飛ばした。次の弾が首に当たり、血が飛び散った。

「ああ、僕は死ぬんだな」そう思った。でも、満足だった。だって、僕は人を殺さなかったから。何があっても絶対にしてはいけない、人を殺すという行為をしなかったから。

敵が僕のまわりを囲み、いくつもの銃先が僕に向けられた。

「僕は君たちを殺さなかったよ」そう言いたかったが、もう声も出なかった。心の中で両親に言った。「僕は誰も殺さなかったよ」と。僕はまわりを囲んでいる敵国の兵士に笑顔を向けた。

そのとき、僕に向けられた銃が一斉に鳴り響いた。

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