見出し画像

令和2年、どうしようもなく愛しかった人

出逢ってから1年と10ヶ月、付き合ってから半年経った12月のことだった。「この人を守りたい」と強く強く思ったのは。歳上で、わたしよりずっと稼ぎがある彼は、端から見てなんの心配もない人間だったろう。実家の畳間、テレビから1メートルほどの場所、耳の遠い祖父のために大きな音を出すテレビの単語はひとつも頭の中に入らずに、手元のiPhoneで君とLINEをしていたことだけを覚えている。スマホはGoogleに乗り換える前で、君と同じようにAppleユーザーだった。それまで彼にどこか距離をおいていたわたしの、決断の日だった。

付き合ってからもしばらく距離を保っていたのは、他人の内側を覗き込むこと、内側に入っていくこと、それらの行為がハイリスクロウリターンであろうことが容易に予測されたからで、いや愛は愛なのだから善人に言わせればリターンなんかロウどころかゼロでも問題はないのかもしれないが、たとえばこちらのHPだけがひたすらに消耗したとして、それでは君のことも自分のことも幸せになんかできないかもしれなかった。それに一生一緒に居られないことなんてわかっていた。だから、もう一度言うけれど、わたしのリターンなんか(リターンという概念を迎え入れるとするなら)なかった。それなのに、深く閉ざされた君の心中に飛び込む決意をしたのはなぜだろう? 馬鹿みたいな話なのだが、色が、見えたからなんだ。海のような、水中から光の差し込む空を見上げたような、光と暗闇の入り混ざる場所のそれはそれは澄んだ青だった。それはほんの一瞬のことでしかなく、強い信念を持つことなくしては触れることさえ敵わない場所にあった。「君の魂の色を見た」というのは十中八九わたしの思い込みでしかない。しかしそれは、君を本気で愛する理由にするにはあまりに充分すぎた。

_______________


ふたりの間には、現在進行形で、知らないことが増えていっている。「きのう何食べた?」って毎回尋ねるような気力はない。答えがなんだっていい、とまでは言わないけど、知り尽くさなくてもいいことは知っている(でも時々は教えて欲しいよ)。

出逢う前のことなど、いったいどうやって知るというのだろう。

ほとんどはその声と文章から。記憶は事実と違っているかもしれないけれど、重要なのは過去の出来事が彼に与えたものであるから、間違っていようがあっていようが、それがすべてだ。そう思っている。

与えられた文字は、ときどき読み返す。

重たい重たい、暗い沼に沈みかけていた頃に書いたものを君は「この文章を読んだ人は俺以外だれもいない」と、わたしにそう言った。それをわたしは読んだ。大事にしなければいけない。君の辛い記憶を君が忘れてもわたしが覚えておこう。少なくとも君が亡くなってしまうまでは。きっとわたしのほうが長生きするからね。

過去のわたしを、あなたは嫌うかもしれない。知りたくないかもしれない。ときどきそうやって知らなかったことを知っては落ち込んで、でも知りたかったんだという。矛盾ばかりだね。でも人間ってそんなものだよ。わたしもそうだった。君の核に触れたとき、そこにわたしと共にはない記憶があったとき、とても哀しかった。でも同時に嬉しかったよ(綺麗事でも言わせてくれ、本心なんだ)。

_______________

「俺のほうからは別れることはないから」

あの12月にはそう言っていたくせに、初めて別れると言ったのも、二度目も、君からだった。でもさ。君が先にわたしを好きになってくれていたのも、たくさん愛してくれてたのもの、知ってるよ。好きだから苦しかったよね。今だからわかるよ(君の醜さまでをもって愛したい。むしろそこにしか愛すべきものはないのかもしれないと思う)。

君にとってはわたしが「悪い夢」だったのかもしれない、けれど。わたしは君の悪い夢を食べる獏でいたかった。君には「友人を作れ」と言ったものの、わたしのことを一番の友人だと言ってくれたのは心底嬉しくて有難いことに違いなかったんだ。ひとりの人の、それも大事な人の人生に輝きをわたしは、もたらすことができたみたいで、そんな、だいそれたことができた気になれたのは君がロマンチストだったお陰で。ほんとにほんとに感謝してる。

近づき過ぎたみたいでさ、いつからか自分のことしか見えなかった。距離をおいて見えるのは誰より優しい君の痛みで。それがとても痛くて、傍で見守ることができなかったのが悔しくてかなしくて、そして君の存在がとてもいとおしいと感じるんだ。

つまらない、とてもつまらない告白だと感じる。

こんなものを読んでいったい誰が喜ぶのだろう。ナルシズム、独りよがり、オナニー。君が僕ならそういうだろうか? わたしは君より多少は自分に優しくてさ、世界のことも割と悪くないって思ってる、だからこのどうにもならない文章の「どうにもならなさ」くらいは愛せるよ。好き合ってるのに別れなきゃいけなくて、愛し合っていても大事にできないって馬鹿みたいな出来事がこの世の中にはいくらでもあるんだろうと、わたしは初めて、知ったんだ。

枯れ果てた涙をわたしの前でもう一度流してくれてありがとう、〇〇。

サポートまで……ありがとうございます。大事に使わせていただきます。