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パフェ職人srecette氏の『TATIN』を食して〜パフェの物語性とともに〜

渋谷の道玄坂を登りきったころ、神泉駅に近い場所に、fabcafeという一風変わったカフェがある。店内には3Dプリンター、UVプリンター、レーザーカッター。店内には、見慣れない機械が並ぶ。そう、ここはものづくりができるカフェだ。
それでいてドリンクや料理にも手を抜いていないのがfabcafeのいいところで、コーヒーの苦手な(正確には、一部のコーヒーしか身体が受けつけてくれない)わたしも、ここのコーヒーはおいしく飲み干すことができる。

そんなfabcafeを、わたしはものづくりをする人間としても、いちカフェ好きとしても、食べ物好きとしても好んでいたわけだが、ここに凄腕のパティシエがいるのを知ったのは2016年の2月のことだ。わたしの大好きなチョコレートのパフェが出ていた。おそらくは彼女、パティシエールsrecette氏の3作品目だったであろう。『魅惑のチョコレートパフェ』と名付けられたそれは、名を体現するどころか超えてさえいたかもしれない。わたしは食べ逃した、もう味わうことはできないであろう2つの作品を思ってこころのなかで泣いた。それくらい、目の前のパフェがおいしかった。おいしいだけじゃなかった、考えて考えて考え抜かれた、それでいて理性だけでなく情のこもった温かい作品だった。強く感動させられたのを覚えている。

そんな彼女が、新作を出した。
名は『TATIN(タタン)』という。タルトタタン好きのパティシエールが、これをパフェにしたらどうなるだろうかと考えて生まれたそうだ。

率直に、いちばん良くなかったことから述べよう。今回のパフェは、重かった。前作『Mintopia』(ミントチョコレートのパフェ)をともに食べた友人と今回も席を共にしたが、彼女も同意見であった。というより、彼女にそういわれて、たしかに、と思った。いくら好きなアーティストの作品であっても、贔屓して一切の欠点を認めないことは、作り手への侮辱であると考える。ので、おそらくはこの記事を読んでくださるsrcetteさんには申し訳ないのだが素直に書かせてもらう。

問題は大きくふたつあると思う。

まず、グラスの容量が大きいこと。今回のグラスは前作の『Mintopia』や『魅惑のチョコレートパフェ』に比べて大きかった。量が多くなる、お腹いっぱいになるのは自然なことだ。

もうひとつは、生クリームの量と質。ここでいう質というのは、いい・わるい、おいしい・おいしくないということではなくて、中身、コンテンツの問題である。低脂肪なのか高脂肪なのか、植物性なのか動物性なのか、硬さはどれくらいか。大雑把な表記をしたが、実際はもっと細かな問題だ。おかし作りをするひと、甘いものがとびきり好きな人間ならわかるだろう。

中層の生クリームを食べているときは「もったりとしている割に軽くておいしいな」と思ったのだが、下層ではやや量が多く感じたように思う。中層がノーマルな生クリームだったのに対して、下層がキャラメル風味の生クリームだったことも要因かもしれない(食べているときは気がついていなかった)。とはいえ、ラストで中盤と同じものは出したくない、という気持ちはわかるし、そこで一捻り加えてくるところはさすがだと思う。生クリームが好きな人間なら特に不満はなかったのではないだろうか。

『TATIN』がおいしくないということはなくて、むしろ、とてもおいしいかったのだが、ただ、おおよそ八分目に到達したころに「お腹いっぱいだな」と感じてしまったのだ。パフェのひとつも食べきれないほど少食ではないので残さず食べたわけだが、こういったところがパフェの難しさだと感じる。おいしいだけでは、最高傑作にはならない。

パフェは、常に物語である。器に入っていること、層になっていること、種々の具材がかけあわせられていること。パフェをパフェたらしめるすべての要素が、パフェを物語にする。上層から、下へ、下へとスプーンを潜りこませ、皿のなかで溶け合い、口のなかで混じり合いながら、物語は進行する。パフェにおいて重要なのは、読後感である。食べたあとに「あーおいしかった!」と思えて、振り返っても「あーよかった!」と思えるかどうかである。はじめのひとくちは大事だが、最後のみつくちくらいが、もっと大事なように思う。加えて、物語には流れも必要だ。いわゆる起承転結。起きてすぐに転ぼうものなら、読者はびっくりしてしまう。流れるように。ときには驚きを混ぜ込みながら進行させるイメージをもって、パフェは構成される。

ひとつのパフェがひとつの物語であるとするなら、今回の『TATIN』はいくばくか物足りない、いや、足り過ぎていたように思う。小説のクライマックスシーンが思いの外はやく終わって、結末までの必要性が薄くなってしまったような印象だった。

ここまで厳しい評価を述べたが、それでもなお『TATIN』はすばらしい。
パフェの構成やこだわりについては、fabcafe公式HPのカフェスタッフからsrecette氏へのインタビューに細かく記されているので、ぜひそちらを読んでいただきたい。

味として特に感動したのはキャラメルアーモンドのアイスクリーム。事前にこのインタビューを読んでいたわたしは、食べるまえからこのアイスがとびきり旨いものだと確信していた。このキャラメリゼされたスライスアーモンドを見て欲しい。なんと美しいことだろう!

チョコレート狂としては、ボンボンショコラのセンターとなるプラリネは魅力的なものだ。加えてそれは、ショコラティエの腕を判断するうえで重要な材料でもある。そんなプラリネの美味しさは、いかにしてナッツを上手くキャラメリゼするのかに、調理の第一段階がかかっているとさえいえる。きっとsrecetteさんにプラリネを作らせたら繊細かつ大胆な、いいものになる。期待通り、このキャラメルアーモンドのアイスクリームは素晴らしかった。

カシスソルベもよかった。パフェのトップにあるりんごのタタン、アイスクリームなど、こってりとしたパーツが多い中で、ソルベがあることで口のなかが中和される。一度リセットされて、また進める。「物語」のつなぎ役として非常にうまく機能していると感じた。しかしながら同席した友人は、苦味が強く感じられたのか、あまり好まないようすだった。わたしは事前にインタビュー記事でカシスソルベを配置の意図について知っていたが、友人は前情報なしで食べていたので、その違いもあったのではないかと思う。

少し残念だったのは、紅玉のジュレ。手前のキャラメルアーモンドのアイスクリームとカシスソルベ、また生クリームによって、風味が感じづらくなっていたのではないだろうか。ジュレ単品で香りを嗅げば、きっといいりんごの香りがしただろうと思うと切ない。

友人はトップのメレンゲをものすごく褒めていた。

さて、長くなってしまったので、このあたりで終わりにしよう。

良かったところ、良くなかったところ、いろいろ書いたものの、所詮はいち個人の意見である。彼女がすばらしい職人であることには変わりない。今回の『TATIN』はもうすぐ終わってしまうが、次回作でも、そのまた次の作品でもいい。ぜひご自分の足で食べにいってみてもらいたい。

あとがき

食前に『TATIN』の写真を撮りながら、思った。なんて愛情に溢れた作品だろうと。ひとつひとつ、見えない仕事の細やかさが、完成品に命を与えている。職人の仕事だ。どんなに綺麗に写真を撮っていても、オーラをまとった作品は現物が最もうつくしい。

追記 2019/3/19

あらためて読むと厳しい記事だなあ、とも思います。ひとは得てして、満足した経験よりも、多少なりとも不満をのこした経験について語りたくなるもののようで、かくいうわたしも例に漏れず。「良かったもの」について、もっともっと積極的に発信していくべきだと、2年前のブログを読み返して感じました。
幸いにも、このブログを公開したとき、作り手であるsrecceteさんはこの文章を「ラブレター」だと言ってくださいました。沖縄に帰った今でも、彼女のパフェの提供日にあわせて東京に行ったり、新作が出ると行けるかなと考えるくらいに、だいすきな作品群(彼女のつくるパフェはすべて作品だと思っています。また作品が毎回テーマを変えて連なっていくことで作品群になってきていることにも意味があると考えています)です。あいをこめて!

※こちらのnoteは、カデカワの個人ブログ「カデカワのおいしいもの日記」より、2018/11/23の記事を一部修正のうえ転載しています。

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