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葛城(かつらぎ)博士邸が取り壊される。 敷地等買い取られた財産すべて、 しかるべき福祉施設等に寄付される。 その情報が耳に 入った時 私はまよわず 葛城邸に向かっていた。 葛城邸は人家より少しそれた山の入口に ひっそりと建っていた。 昔の洋館を思わせる作りで、 大きな門は開いていたが、 広い庭は ついこの間まで 手入れされていた様子が 読みとれた。 私は門から玄関までの数分の道筋 まだ家主が生きているか不安になった。 明日は取り壊し予定日。 家主は
私は玄関をあけ、 声をかけた。 返事はない。 そろそろと暗い広間を歩き 階段を見つけると おそるおそる上がっていった。 声をかけながら ひとつ ひとつ 部屋を開ける。 研究所らしき部屋、書斎、ベッドルーム・・・ 家主はらしい姿は見えない。 いくつ目かのドアを叩いた時だった。 「どなたですか。 ここは もう人の来るところでは ありません」 老人のしゃがれた声が聞こえた。 そこは おそらく 夫婦のくつろぐ部屋だったのでは あるまいか。 ゆったり
「ジャーナリスト? 女性の方がこんな山奥まで・・・。 いったい このわたしに 何のご用なのですか?」 「・・・お話を聞かせてほしいのです」 「話・・・ですか?」 「あなたは葛城博士が六十年ほど前、 最初に作られた RP7(アールピーセブン)型ロボットですね?」 彼はうなずいた。 「はい、そうです。 わたしはRP7型ロボット・ リュージ」 「あなたが作られてから、この六十年の間に あなたに起こったことを 話してほしいのです。 私は それを書きたい
彼は私にやさしい視線を向けた。 「書くの・・・ですか?」 「書き残したいのです」 すると微笑みながら 幾度かうなずいた。 「わかりました。 ただ わたしには 後わずかしか 時間がありません。 わたしの太陽光エネルギーは 大変長持ちします。 だから、光を遮断し 完全にエネルギーのなくなる今日まで 解体を待ってもらいました。 わたしのエネルギーがなくなったら、 明日この屋敷とともに消えるのが わたしの最後の仕事です」 彼は遠くをみるように目を細めた
今から約六十年ほど前、葛城博士はこの研究所を兼ねた屋敷の中で 一体のロボットを完成させた。 それこそがRP7型ロボット第一号・リュージだ。 リュージは二十歳前後の青年の姿をした、 完璧な人型ロボットだった。 博士は、彼に葛城竜次という人間の名前を与え、 自分の息子としての最低限の知識を与えると、 ロボットであることを隠して、 大学に入学させた。 リュージが人の中でロボットと気づかれず生活できるか、 という実験だった。 葛城博士には当時大学を卒業したばかり
一方リュージは、葛城竜次として誰一人ロボットと 気づかれることなく大学を卒業した。 この時になって、葛城博士は初めて世間に新型ロボット RP7型第一号・リュージを発表した。 世界中が博士の発明に驚き、その後続々と女型・子供型など 顔つきもそれぞれ違う人型ロボットが作られてゆくことになる。 耀子は父の成功をニュースで知るが、研究生としての 興味はあっても、それが父のだからといって 何の感情も湧かなかった。 すでに父とは十四年会っていなかったし、 十二歳だった
リュージは、ロボットとして耀子の部屋の前に立っていた。 管理人に葛城竜次、耀子の弟としての写真入り身分証明書を見せると、 こころよく部屋の鍵を渡してくれた。 リュージが大学を卒業するまで人としての時間を過ごしたが、 葛城博士がRP7型ロボットであることを発表したことによって、 ただの使役ロボットになっていた。 耀子の部屋のドアを開けると、 中のカーテンは閉めきってあった。 リュージはまっすぐにカーテン向かい開け放つと あらゆる窓を開けた。 部屋の中はしばらく帰ってない様子で
耀子は気味が悪くなって管理人に、 訪ねて来た者がいないか確かめた。 管理人は、『弟の竜次が来ている』と、疑いもなく答えた。 弟の竜次? 耀子には弟はいない。 しかし、竜次という名前にひっかかるものがあった。 耀子は自分の部屋の前に立ち、息を整えて思い切ってドアを開けた。 そこは見違えるように片付き、きれいに掃除され、 さらに夕食が出来上がっていて、おいしそうな匂いがただよっていた。 リュージは、『お帰りなさい』と言って、すぐに耀子の前に現れた。 どこかで見た顔だった。
「ちょっと!私の持ち帰りの研究資料はどうしたの? 勝手に片づけて、捨てたんじゃないでしょうね」 「書斎にまとめておきました。」 書斎? 耀子は奥の部屋をのぞいた。 そこにはバラバラに あらゆる場所に散乱していたはずものが きれいにまとめられ、分類まで耀子の考えどおり並んでいた。 「先にお風呂はいかがですか?おつかれでしょう?」 リュージに言われるまま、久しぶりに湯につかった。 入るとすぐに洗濯機の回る音が聞こえた。 そういえば、山ほどあった洗濯物が消えてい
「お嬢様、ベッドメイクもできています」 ベッドルームもきれいに掃除されて、シーツやカバーも取り替えられ ふとんもふかふかで、太陽の匂いがした。 耀子はワインをもう一本空けて、 後片付けをするリュージに近づいていった。 「ねえ、リュージ。あなた、さっきから私のこと 『お嬢様』って呼んでるけど、それってパパに プログラムされたから?」 リュージは耀子の方を向き直った。 「はい、お嬢様がわたしを使用人と認識すれば『お嬢様』と。 弟と認識すれば『姉さん』と呼ぶよう
その日からリュージは耀子の使用人として 家の中の一切の仕事をすることになった。 リュージは太陽エネルギーで動く上、その太陽光がわずかでも 何日も活動が可能なので、雨や雪の日が続いても 動かなくなることは なかった。 毎日リュージは主夫のように耀子の世話をした。 人間ではないので、忠実で裏切ることもなく 不平をいうこともなく ただ耀子のためだけに働いた。 最初は戸惑いがあった耀子だったが、一度リュージの便利さに 味をしめると手放せなくなった。 それにロボット
次の日曜日、珍しく耀子は休みがとれた。 「リュージ、今日二人で出かけるわよ。 外では『弟の竜次』として行動してちょうだい。 そうね、お弁当作ってよ。天気がいいから、外で食べるわ」 耀子はリュージをせかせて駐車場に降りた。 ロボットは免許が取れないので、もちろん耀子の運転だ。 「いい?今から弟よ、間違っても『お嬢様』なんて呼ばないでね」 車が発進しマンションの駐車場を出ると、助手席の竜次が話しだした。 「どこ行く気だよ。たまの日曜だってのに、姉さんとデートもない
男は言葉を切って、竜次の様子をうかがうように見た。 竜次はじっとしていて男を見ていないようだ。 「怒っているのか? 確かに俺はバカだったと思う。 竜次にだまされたと思って、やけになったりした。 だから、今まで連絡とる気持ちになれなかったんだ。 でも、気づいたんだよ。 お前がロボットでも、俺の友達には変わりがないんだって。 すぐ、葛城博士に問い合わせたんだ。 けど・・・おまえは使役ロボットに戻ったから、 行先は教えられないって。 ・・・・探したんだぜ。いっ
健吾はかがみこんで竜次の肩をつかんだ。 「竜次、おまえは俺の友達だよな。 ロボットだって人間だって、俺の友達には かえわりないよな?」 竜次は答えない。 健吾は立ち上がって握りしめたこぶしを震わせていたが、 無言のまま走り去った。 耀子はため息をつきながら、竜次の横に座った。 「どこか、ヒートしちゃったのかな?」 耀子が竜次を調べようと頭にさわろうとすると 竜次が小さくつぶやいた。 「・・・健吾」 「竜次、覚えてたの?メモリーは消されてなかったのね。