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#03 静か、でも熱い。指の先までつくりあげる、エルテのアート・オブ・ファッション。

こんにちは。
このnoteでは、私たちが日々を編んでゆく中で、少し疲れた時や傷ついた時、こころをそっと元気付けてくれる、芸術作品やアート作品を紹介します。

今回ご紹介するのは、アール・デコ期の寵児であり、モダン・ファッションの先駆ともされる美術家、エルテです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Erté

真っ直ぐに一点を見つめ続ける、デリケートな美学。

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《Fantasia》, 出典:https://www.wikiart.org/en/erte/fantasia-1

エルテ——Ertéは、ペテルブルク生まれのフランス人でした。エルテ、というのは愛称で、本名はロマン・ド・ティルトフ (Romain de Tirtoff) 。
彼は少くして、機微豊かながら鋭い美的感覚を持ち合わせていました。彼が15歳の時の作品、”Demoiselle à la balancelle” は非常に高い評価を得ています。

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《Demoiselle à la balancelle》, 1907, 出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Demoiselle_a_la_balancelle.JPG#/media/File:Demoiselle_a_la_balancelle.JPG

エルテはファッションに深い関心を持ち、自らデザイナーとして活動するかたわら、ファッションに対する美意識をイラストレーションに昇華していきました。
そうしているうち、彼の作品は当時、そして現在も最先端のモードを捉える雑誌である HARPER’S BAZAAR の目に留まり、表紙のアートワークを担当することになります。

“Romain was hired by Harpers Bazaar to create their monthly cover, which he did from 1915 to 1937, producing over 200 designs in all.”
——引用:ERTÉ https://www.erte.us/bio.html

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《HARPER’S BAZAAR Dec. 1932 Cover》, 1932, 出典:https://www.erte.us/harpersbazaar.html

繊細な手仕事が紡ぐ無音の音楽——エルテのイラストレーション

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《Queen of the Night》, 出典:https://www.invaluable.com/blog/erte-art-deco/

エルテが多くのファッション・イラストレーターから一線を画している理由は、モチーフとなる衣装とモデルの優美な独創性もさながら、空白の選び取り方や構図にあらわれている、徹底された詩感によるのではないでしょうか。

引用した作品、《Queen of the Night》では、モデルは闇の中に立ち現れています。その姿は煌びやかでありながら、凛然とした高貴さと気品を纏っているように感じられます。衣装は冗長な装飾を一切削ぎ落としつつも、精緻なディテールの表現がなされており、瀟洒なシルエットが際立っています。
さらに瞠目させられるのは、背景となる闇の部分の切り取り方です。この作品では、モチーフ全体が、モデルの頭を軸に、線対称に左右に広がっていく構図をとっています。ここで、背景と接する部分の輪郭をなぞってみると、精巧に編まれたレース模様のような形を描いていることがわかります。このように背景の闇がリズミカル、かつ慎重に調えられた形をとることで、シンプルな構図がより一層引き立てられ、鑑賞者である私たちは作品世界に没入してゆきます。

画面全体における背景の形——あるいは、ネガティブ・シェイプという表現もなされるかもしれません——に対するエルテの完成された美意識は、作品全体を、あくまでも静けさの中にありつつ、それでいてはっとさせられるほどに流麗な音楽たらしめているように感じられます。

彼の指先は、きっと熱い。かたちづくられる、未発見のうつくしさ

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《Mystic Costume For Aileen Pringle》, 1925, 出典:https://www.erte.us/costume.html

また、彼は舞台演劇や無声映画のコスチューム・デザインも手がけていました。彼のデザインは必ずしも奇抜過ぎることはありませんでしたが、一切の無駄なく洗練されたシルエットや、こだわり抜かれたであろう精緻なラインワークは、彼自身の美学の豊かさ、そして深さを物語っています。
デザイナーとしてのエルテは、1920年代の時代的心情を深く汲みつつも、常に新しい美的感覚をファッションに投影していました。それが可能だったのは、彼自身がどこまでも自分の信じる美を追求し、アップデートしていくという営みを妥協なく行っていたからであるように、私は感じます。そこにあったのは、きっと、美への情熱そのものだったのではないでしょうか。

静けさに満ちたアトリエで一人、制作をやめなかったエルテ。自分のうちにある価値基準を漠然と信じるのではなく、真の意味で信頼してゆくことはきっと、手を抜かずに日々を編んでいるひとだからこそ、為し得るのだと思います。

また、メトロポリタン美術館のオンラインショップでは、エルテのアートワークをモチーフにしたアクセサリー等を閲覧、購入できます。ご興味のある方は、ぜひ覗いてみてください。https://store.metmuseum.org/artists/erte

今回ご紹介したのは、1920年代の美術家、エルテでした。楽しんでいただけたなら、幸いです。
お読みいただき、ありがとうございました。

ヘッダー引用ポートレート,Hilton Deutsch, 出典:https://www.vogue.co.uk/fashion/article/the-enduring-allure-of-ertes-artistic-hands

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