オリジナリティとは選択の連続の先にあるもの

自由主義や個人主義が支配的な思想になったことが大きく影響して、
自分らしさ、誰にもない自分だけの性質、全く新しい何か。

つまりはオリジナリティに過敏に反応する人がここ数十年、
大きく増えてきたように思われる。

例えば漫画や小説、映画などを見てここは別作品のパクリだとか、
話の流れが全く同じだったなどと言われることが多く、
それは悪いことだと考えられることも少なからずあります。

しかし、そもそもオリジナリティ、これまでの何ものにも影響されない、
全く新しい何かなんてこの世界にはおそらくもう存在しないでしょう。

特に創作やその元となる思想や価値観、感情とそれを表現する方法など。

世界最古の物語であるギルガメシュ叙事詩が作られたのが、
3000年以上昔であるとされている。

それ以前も記録として残す方法がなかっただけで、
口伝などで継承されてきたもの、失われたもの、
大小様々な物語があったでしょう。

ホモ・サピエンスが今の人間のような思考形態を得たと考えられる、
少なくともその大きなきっかけとなったのが7万年以上昔にあった、
認知革命であるという説も考慮するのであれば。

それだけの長い時間、精神的なあり方を歴史として積み重ねてきた、
言い換えれば人間の精神性として何もないところから試行錯誤し、
あらゆる苦難等を乗り越えて生まれたのが現代社会の軸となる精神性。

思想や倫理道徳観であり誰もがその影響を受けている。

個人的に個別の思想や価値観として人間が考慮できる要素は、
現代においてはもう全て出揃っていると考えます。

全く新しい要素など精神的にはもう存在しない、
オリジナリティある要素など幻想に過ぎないと思う。

だけど創作によって表現される世界、自分の人生を通じて表現する世界に、
オリジナリティが存在しないとは思わない。

自分にしかできないことがある、それは選択であると考えてます。

この世界に、特に人間の精神的な世界観の中に、
オリジナティある要素はもう存在しない。

だけど何を尊いと感じるか、逆に忌避すべきものだと感じるか、
自分がどういう生き方をすべきか、何を残していきたいと思えるか。

人生を歩んでいく中で何を選ぶかということだけは、
誰にも真似することができない唯一の権利であると思うのです。

そうして選択し何かを積み重ねていく、歩んできたその軌跡が、
唯一その人だけが生み出せるオリジナリティとなる。

そう考えるなら例えば先にお話した漫画や小説などの創作表現においても、
確かに個々の要素を見れば使い古されたものであるかもしれない。

過去にあった大量の神話、物語を深く研究してそこにある共通点を見出し、
1つの枠組みとしてまとめられた有名な神話の法則は現代作品に対しても、
大体適用でき流れや先を説明できてしまうことがある。

物語はその流れを肯定する、あるいはその流れを否定するにせよ、
過去から積み重ねられた影響を無視することができない。

だけど1つの作品の中でどのような思想や価値観、感情を選び、
それをどのように表現しどのように1つの流れとして形作るか。

制作者が何を尊いと感じそれを表現するためにどんな価値観を、
反するものとしてぶつけるか、あるいは必要ないとし切り捨てるか、
選択の積み重ねによってオリジナリティあふれる作品となるでしょう。

オリジナリティとパクリの違いはこの選択の過程にある。

選択するということは異なる性質のものを精査するということ、
そこには葛藤があり揺らぎがあり迷いや苦しみがあり、
だけどそれらと向き合い意志の力で乗り越え選択するからこそ。

個々の要素は同じでもその積み重ね、流れは唯一のものとなり、
どんな形であれ人の心を強く打ち時に人生にすら影響を及ぼす、
唯一無二、オリジナリティある作品になるのではと思う。

そういう選択の過程がなくただ他の要素をツギハギしただけのもの、
一切の葛藤や迷い等がない作品はただのパクリとなり、
誰の心も動かすことなく消えていくのでしょう。

人生も本質は同じではないかと思う。

個々の要素だけ見れば誰もが歩いたことのない道などすでにほとんどなく、
現代において大半の人が歩くあらゆる道は整備された舗装路に過ぎない。

そこから外れるにしても結局はその道に影響されている、
縛られているという点では変わらないのでしょう。

要素、道に目を向けた時にオリジナリティというものは見いだせない、
だけど人生を通じて様々な要素を自分の中に取り入れていく。

時に反する性質のものや直視しがたいものもあり苦しみが生まれ、
葛藤や迷いにより真っ直ぐ歩くこともおぼつかない時があるかもしれない。

それでも自分の足で、意志で現実から目を背けることなく、
何かを選び取りその結果良いことばかりではなく悪いことがあって、
それでもその結果を受け入れてまた前に進み続けることができた時。

人生の最後に歩みきったという実感が残る、そしてその歩みの軌跡が、
誰が見ても唯一のものだと、オリジナリティあふれる人生だったと。

本当の意味で自分らしさを得たと言えるのではないかと思うのです。

冒頭でお話したように現代は自由主義や個人主義が支配的となり、
誰であれ否が応でも自分らしさ、オリジナリティを意識せずにいられない。

自分の人生の意味とか重みを考えざるを得ない、
もしそういうことに悩んでいるのであれば。

選択こそオリジナリティであるということは意識してみると良いと思う。

1つの選択にどれだけ自分自身をきちんと注ぎ込んだのかによって、
それをどれだけ積み重ね流れとして形作り貫くことができたのかによって。

自分だけのオリジナルで全く後悔のない人生だったと、
そう思えるようになるではないかと思っています。

同じように思ってもらえたら自分のこれからの選択、
その1つ1つを丁寧に意識してみてほしいと思います。


では、今回はここまでです。
ありがとうございました。


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