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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#107

20 辞職とビジネスと政変と(5)

 馨は工部省に山尾庸三を訪ねた。尾去沢鉱山の件の礼を言うためと、弥吉改め井上勝を視察に同行させることを説明するためだった。
「工部大輔様へのお礼の言上のため参りました」
馨は笑いながら言った。
「聞多さん、そのような物言い似合わないですよ」
「そうかの。これからは一商人になるんじゃ。偉そうにしても得はないじゃろ」
「鉱山もですか」
「あぁ鉱山の方は気が進まんのだけれど、すこし資本を出すくらいはええかと思っての」
「視察に行かれるとお聞きしてますが」
「そうじゃ。その件じゃ。弥吉が辞めたちゅうのは本当か」
「本当ですよ。聞多さんも御存知の通り、鉄道敷設工事が大阪に行きましたからね。弥吉が大阪で指揮を取りたいと言うのを、予算のこともあるから我慢するようにと言っていたら、やってられんと言って辞めてしまいました」
「ここでも予算か」
 馨は苦笑いを飲み込むようにしていた。
「それで、わしが弥吉を視察に連れて行っても良いのだな」
「はい、本人次第です」
「そうか、それなら心強いの。弥吉をお借りする」
「木戸さんがそろそろ帰国される頃ですね」
「そうか、もうそういう頃なのじゃな。給金のことはおぬしに任せたし、わしのやることはもう無いはずじゃ。わしは特にはないからの。山尾の方からいっておいてくれればええ」
「お迎えには行かれないのですか」
「あぁ、鉱山の視察もある。色々忙しいんじゃ」
「俊輔さんも、帰国間近と」
「そうらしいの。庸三はやっと、肩の荷がおろせて気が楽になるか」
「そうですが」
「俊輔には、プライベートビジネスをすると、文を出しておいた。だからふたりとも知っとるはずじゃ。心配することじゃない」
「そうでしょうか」
「だいじょうぶじゃ。あまり長居もわるいから、ここいらでお暇とするかの」
「あぁ、こちらこそ、あまりお話のお相手ができずすいませんでした」
「なんの。じゃまた」
 馨は木戸や俊輔のことを、あまり話したがらないまま帰っていった。木戸とはしっかり、やり取りをし続けていた山尾には、心配なことが多かった。それを解決することができないまま、話し合いも終わってしまった。

 馨と渋沢が去ったあと、大蔵省は大隈が予算の再計算の後も取り仕切ることになった。太政官は西郷隆盛、板垣、大隈、江藤、大木が参議として取り仕切っていた。また、台湾との関係に問題が生じ台湾征伐が検討されていた。
 そんな時朝鮮との関係が、日本の政権の交代を認めようとしない、朝鮮王朝との間で悪化していた。これには西郷隆盛らが、朝鮮に行って話をつけに行くべきだと、征韓論を言い出していた。大久保は相変わらず何も動かず、引きこもったままだった。

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