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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ #6

出会い(4)

 夕刻、俊輔は桂の部屋に呼ばれた。襖の前で「伊藤俊輔参りました」と声をかけた。入れと声がかかり、襖を開けてなかにはいった。そこにはくつろいだ桂がいて、笑いながら酒を勧めた。

「桂さん、もう飲んでいるんですか」
 ため息を付きながら俊輔は桂の前に座った。
「面白い話が来てるんじゃけど、俊輔、断っておいたぞ」
「酒はいいです、飲みたい気分じゃないんです。えっちょっと待って下さい。面白い話を断ったって。どういうことですか」
「あぁ君が気に食わん相手からの申し出じゃったので、無理じゃと言うといた」
「気に食わない相手って」
「志道聞多」
 桂はサラッと言ったが、俊輔は驚きのあまり声が出なかった。

「昼間騒いでいたようだったな。しかも収めようとした志道におこって出ていたと聞いたぞ」
「なんで、そのように伝わるのですか。しかも桂さんが勝手に」
 もう気落ちして小さくなっていく俊輔を見て、桂は慌てて言った。
「うそじゃ。志道くんからの申し出は断っとらん。むしろ喜んで受けると言ってしまった」
「からかったのですか」
「すまん。明日横浜に用事があるから供をしてくれって言っていたぞ」
「横浜って、色々ありそうですね」
「一泊するから、旅支度をしておいてくれってことだ」

 俊輔の目がみるみる輝いていって、さっきとは違う明るい声で言った。

「わかりました、これから準備します」
「詳しくはこの文にあるから、渡しておくぞ」

 文を取り出した桂から受け取ると、勢いのまま出ていった。残った桂は面白いものを見たなとつぶやくとまた酒を飲みだした。

 翌朝、支度を整えた俊輔は聞多の部屋を訪ねた。聞多も支度ができていたようで、すぐに出てきて二人で藩邸を出た。道に出てしばらく歩いても従者として控えて歩いている俊輔に聞多が声をかけた。

「はなれて歩いとるんじゃつまらんじゃのう。なんのためにお主を呼んだかわからん。話し相手じゃ、隣におらんといけんじゃろ」
「えっ、わかりました」

 慌ててすぐそばに寄った。俊輔には、桂も高杉も同じ上士なのに聞多との距離感が気安く、ホッとするものであることに驚いていた。心のなかに新しい風が吹いているようだった。

「俊輔、おぬし横浜に行ったことは?」
「桂さんのおともで何度か」
「そりゃ心強いのう。そういや桂さんといろんな茶屋とか行ったりするんじゃろ。どこが良かったか教えてくれんか」
「えっ」
「付き合い永うなるなら、気取ってもしゃぁないからな。楽しくやろうや」
「はい」
「もう一つ頼みたいこともあるの」
「はい」
「俊輔はハイばかりじゃ。俊輔は来原さんの手付でもあったんじゃろ。長崎で西洋兵錬も学んだそうじゃないか。わしにもその話を聞かせてほしいんじゃ」
「はい」
「はいじゃのうて、気の利いたこと言えんかの」

 聞多はそう言って笑っていた。聞多の笑顔につられて、俊輔もわらった。このお人は本当に楽しそうに笑うなぁと、俊輔は聞多の嘘のなさそうな雰囲気に、心があたたかくなった。

「聞多さん、ひと仕事終わったらどっかに繰り出しましょう」
「ええのう、たのしみじゃ」


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