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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~♯9

尊王攘夷の道(3)

 そんな中で聞多は殿の御小姓から、世子様(お世継ぎの養子)の御小姓にお役目が変わった。そのため基本江戸在勤だが、時々世子様が京にも御用で行かれるので江戸と京を行き来することになった。
 俊輔は来原良蔵の死後遺族への遺品の引き継ぎなどで帰国していたが、また桂の仕事の補助をするように戻っていた。

 俊輔が桂の部屋に呼ばれると、上海から帰国した高杉が説明しているようだった。桂は俊輔にそこに座って話を聞くように言った。
 上海で高杉が見た、清と欧米の力関係や清の人々の実態など、身につまされることが多かった。ふっと俊輔は、高杉を聞多と引き合わせようと思った。

 一通り話が終わった頃、酒と食事が運び込まれた。高杉に酌をしたときに話を持ち出した。

「高杉さんは志道さんとお顔を合わせる事はあるんですか」
 桂がからかうように横槍を入れた。
「俊輔は志道くんとかなり気が合うらしい。親しくやっているのだと」
「いや、それだけではありません。高杉さんとも親しくできるお人だと思います。うまくは言えないですが上海の話をお聞きして思いました」
「変わり者同士、良いかもしれんなぁ、高杉くん」
「そうは言っても当のお人がしばらく不在ではなぁ」
「不在、聞多さんが」
「なんだ、俊輔知らんのか。お主らは大した事ないのう」
 高杉は鼻先で笑うかのように続けて言った。
「確か蒸気船の買入の担当と聞いたな。受領を見届けて、そのまま試験航海に出てるはず。戻るんはいつになることか」
というと、俊輔の方を見てフッと笑った。俊輔は悔しさを隠すように俯くと、桂がなだめるように言った。
「お役目のことだ、言えぬこともあろう。面白いではないか。蒸気船の乗り心地聞いてみたいものだ。のう、俊輔」
「ぜひ、お願いします。皆で」

 その機会は、思うより早くやってきた。試験航海はうまく行かなかった。士官として乗り込んだ聞多はそもそも習熟が必要なのに、指導体制すら整っていないことにも腹を立て和を乱す始末。聞多たち士官と艦長は対立し、混乱の中運航に必要なボイラー担当や、実地訓練が必要な人員以外すぐに降ろされてしまったのだ。聞多も例に漏れず江戸の上屋敷に帰っていた。

 床に大の字になって転がっていると、外に控える影を見た。声をかけると、桂が呼んでいるという。すぐに行くと聞多は返事をした。身なりを整え桂の部屋へ行った。そこには桂と俊輔ともう一人、高杉がいた。

「遅くなりました。おおう俊輔も呼ばれたんか。えっと」
「高杉です。高杉晋作と言います。今後とも」
「あっ型苦しいのは、なしじゃ。桂さんそれでええのう」
「楽しくやろう、志道君」

 桂は苦笑いしながら、答えていた。聞多は高杉にニッコリ笑っていた。

「聞多でええです、高杉さん」
「高杉さんは上海に行かれたと聞いちょります。まずはその話から聞きたいですな」
 聞多が話を振った。
「晋作でいいですよ。僕はきみより年下だし」

 高杉は上海で見た欧米列強の最新の文明の利器の凄さ、支配される清の住人の立場の弱さなど説明した。

「蒸気船といえば、実際どうだったのか。話を聞きたいのう。志道くん」
 桂が笑いながら、聞多の方をしっかり見て言った。
「はぁ、その話ですか。やっぱりその話じゃろうと思っとりましたがのう。結局は見たり聞いたりするのと実際やるとは大違いじゃったということです」
 悔しさを隠そうとせず、眉間にシワを寄せながら聞多は続けた。
「簡単に言うと石炭を燃やすことさえできれば、船は前に動くと思っていたんじゃ。それじゃ前には進まんかったということじゃ。机上の知識だけじゃ船は後ろに下がってしまった。わしらはそれにきちんと対応する術をもっとらんかった」
 一区切りして、ため息をついた。遠くを見るような目をしながら言った。
「もっときちんと学ばないかんじゃのう。書物だけじゃのうて実践も。理屈も仕組みもわかってないことが多すぎる。こんなんじゃ海軍ゆうても形だけじゃ」
 話しながら熱が上がってきたらしい。

「だいたいこの状態で」と言ったとき、桂や高杉の顔を見て聞多は、我に返った。自分は何を続けて言おうとしているのか。

「この状態で」高杉が聞き返した。
「わしはお役目からはずしていただき。英学修業のため遊学したいと思うんじゃ」

 結論を聞いた高杉は、面白くもないという表情を隠そうとしなかった。聞多はそんな高杉を眺めたが気にしないで、桂に言った。

「あぁ、もう喋り疲れて腹減った。これいただいてええんかのう」
 そういいながら箸を持ち、膳の食事に手を付けていた。
「あぁすまん。草臥れ儲けにどうだ、一杯」
 桂が聞多に酒を勧めた。
「もちろんいただきます。うわぁ生き返ったの」
 
 その様子をみつつ、俊輔は高杉に酒をつぎながら囁いた。
「どうです。面白いお人でしょう」
 高杉もまんざらでもないという様子に、俊輔は満足した。

 高杉も聞多に酌をしに行き、差しで飲んでいるうちに盛り上がったのか、聞多晋作とよびあって騒ぎ出していた。
「桂さんあの二人楽しそうですね」
「ああ確かに。だが、私は頭が痛くなる、嫌な予感しかしないんだが」



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