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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#93

19 予算紛議(3)

「定額」を一刻も早く決定していかなくてはならない。時間は待ってくれない。大隈と結局西郷隆盛の協力を得て、「定額」に関する会議を開くことになった。
「概要は私、渋沢がご説明いたします」
「定額とは、一年間の必要経費のことになります。基本筆記具などの消耗品から官員の出張旅費、新規の備品、事業費などを計上することです。これらの必要項目には計上の理由をつけてください。たとえば工具はどれくらいで壊れるので1年間でどれくらい必要かといったことです。ここがしっかりわかるものでないと、我々は査定できず決して認めることできない費用となります。特に新規施策は約定書に違反せず、必要と認めることができないものは減額の対象となります」
 渋沢は出席者の反応を見て、ここまではだいじょうぶとして続けた。
「お手元に昨年の実績をお渡ししております。消耗品などの日常業務費はこちらを参考になさってください。宜しいですか。」
 特別に出席者から発言もなかったので、渋沢は質問を求めた。
「ご質問等ございましたら、お願いします。お戻りになってからのご質問は書面でお願いします。それでは私からはこれで終わります」
「大蔵大輔井上馨です。大蔵省としては、総額を 4000万円に抑える必要がございます。そのため削減に努めて頂き、新規施策も最低限に抑えていただきたい。各省で企画されている事業の重要性も十分理解しております。その上でのおねがいでございます。また優先度もございますので、省によりばらつきが出ることも考えられます。なにとぞ、民の負担もお考え頂き、「定額」へのご理解をお願い致します」
 出席者の反応は冷ややかだった。多分ここにいる者たちは、全体の額など気にしないだろう。自分たちの利益のみ考えている、それでも歳入にあった額以上の支出は、認めることができないことを理解させたかったが。
「例えば、大蔵省は勧農寮を廃止することとしています。こちらは準備が整い次第正院へ機構の変更を届け出ることとなっています。支出の削減は大蔵省でも努めて参ること、それは各省でも同じことと考えます」
 寮を廃止することは少しは反応があっただろうか、改めて反応を確認した。そして、渋沢とともに頭を下げた。
「あくまでも我らは『量入為出』を基本的方針としております。その上での『定額』の作成、何卒宜しくお願いします」
 とりあえず最初の儀式を馨と渋沢は終えることができた。だがこの状態では前途は多難に見えた。


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