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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#95

19 予算紛議(5)

 次に出席者は蒸気機関車に乗り込んでいった。
 馨は山縣、陸奥や江藤と同じ車両だった。席を動かなければ、特にこれといったことはないので、車窓を楽しんでいた。
「狂介、江藤と同じ車両とは」
「聞多さん、席はあちらですから」
「まぁ。渋沢が鳥尾や梧楼に囲まれているよりはましじゃの」
「山尾と勝が席決めをしたのでしょうな」
「あいつら何も考えておらんな」
「気にかけておったら大変ですぞ」
「たしかにの。おぉ、せっかくの海上を走る風景、楽しまんと損じゃ」
 馨が築堤を走る風景を、ぼーっと見ていることに山縣は違和感を感じた。
「聞多さん、どうかしましたか」
「ちょっと考え事をの。初めてイギリスで乗ったときは、えろう魂消たもんじゃった。その時我が国でもと思ったのを叶えたんじゃなと」
 あの時の驚きと感動が、またやってきたのだった。
 鉄道は新橋・横浜を往復して、乗車会は無事終了した。今度は祝賀会場へと動くことになった。
 乾杯の発声があって、パーティーが始まった。壇上を見て井上勝がいないことに馨が気がついていた。
「庸三、勝はどうしたんじゃ。おらんじゃないか」
「あぁ聞多さん。お久しぶりです。で、あぁ勝ですか。なんか熱が出てるようだったので家に返しました。大したことはないのですが」
「そうか、ひと仕事終わったのじゃ。そりゃ疲れも出るの」
「鬼のかく乱てやつですよ」
「そうに違いない」
二人は笑い合っていた。
「そうじゃ。聞多さん。今度は西京と大阪を鉄道で結びますよ。とりあえずは大阪・神戸間ですが。よろしくお願いします」
「そげな話は今は聞かん」
 馨は笑ってごまかしていた。それを聞いて山尾は他の人の方へ向かっていった。
 挨拶も一通り終えた気がしたので、馨は帰ることにした。控えの間でフロックコートに着替えると、時代の変化を実感していた。でも羽織袴のほうが楽なんだけどな。
 その頃大隈は山尾に挨拶をしていた。
「山尾くん。開通式見事であった。さぞ緊張したであろう」
「大隈さん、ありがとうございます。それは緊張しました。でも、この盛況ぶりを見て安堵しております」
「次は西か。早く国中つながると良いのだが」
「そのためにはぜひとも予算をお願いします」
「予算といえば、馨を知らんか」
「先程ご挨拶しましたが。珍しいですね。ご一緒でないと」
「あぁ。すまん。それでは」
 しばらく会場を見渡していると、陸奥と渋沢を見つけた。
「おぬしら、馨と一緒ではないのか」
「大隈さんが江藤さんや大木さんとご一緒でしたし、井上さんは山縣さん達とお話されてましたからね」
 渋沢が少し不満な物言いをしていた。それこそ藩閥、そう言っているようだった。
 さすがに山縣、鳥尾、三浦となると、大隈も話しかけづらく馨と話すことは諦めていた。きっとまたすでに帰ったのだと思うことにした。
 この時期は他にも富岡製糸場の開業もあって、新政府が最初に手掛けたことが形となってきていた。渋沢と陸奥を開業式に出席させていた。
 ほかにも先だっての築地からの大火事の復興に、銀座に西洋式のレンガを使った建物と大通りを作る計画も進んでいた。この計画には造幣寮で一緒だったウォートルスを、設計・建築の主任として当たらせていた。
 また勧農課で進めていた、模範農場の用地取得も無事なり、内藤新宿に農場を持つことができた。ここに農学で留学していた者を引き入れて、海外の技術を取り入れた農業を始めることになる。
 当初開墾事業も民間事業でと考えていたが、商人の下で士族が農事に携わる形態が拒否されるようで、考え直すことにした。それでも、東北で開墾事業が取り掛かる端緒を得た。資金としては、蚕卵紙の売上なども計上した勧農資本金が、うまく回るようになったのは成果を上げるきっかけとなった。


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