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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ #4

2 出会い(2) 

 その頃わしは志道家へ婿養子にいき、洋式の兵錬の披露の際お褒めに預かり、江戸への遊学を勝ち取った。江戸にて蘭学を学んでいたが、桜田門外の変の後、殿である敬親公のお小姓に抜擢され、名乗りも志道聞多と改めた。聞多という名は殿からいただいた。多くを聞いて多くを知るとか何とからしい。
 江戸は刺激が多く心がはずんだ。ここ最近は浅草まで行って芝居を見るのが楽しみだ。たまにはと来た品川宿は下屋敷から比較的近く、花街もあって猥雑さにも華やかさにも満ちていた。今までは煩い大人達のこう有るべき武士の姿論に付き合ってきた。此処では本来の己の姿でやっていって良いのだと思える。歩いていくと浜辺に出た。そうかここは海からも近いのだなぁ。黒船も見ることができたとか。世の中は知らないことで満ち溢れている。何かわからない胸の鼓動が急き立て、足を動かす。

「志道君」
 不意に呼びかけられて、振り向くと2人組がいた。
「どなたですか。知らん人について行ってはいかんと」

 これはまるで子供だ。ただ面倒くさそうなこの2人から離れていこうと、足を早めた。人が多くてうまく歩けない。

「こっちじゃ、ついてこい」
 不意に腕を掴まれて引っ張られた。
「私を覚えていないとは」
「えっ」
「桂じゃ。桂小五郎ともうす」
「立ち話も迷惑じゃから、こっちへ来いと言うに」

 引っ張られた先は一膳飯屋だった。そこには先客というか先程の片割れが座っていた。

「そこに座っているのが伊藤俊輔。私の従者などやってもらってる」
士分じゃなくて足軽以下ということか。手付とか言うんだったか。
「はじめまして、志道聞多じゃ。よろしく頼む」

 目の前でわしを見開いた目で見てる伊藤俊輔というのに挨拶をした。歳は結構下だと思う。それにしても無遠慮な奴だ。

「俊輔、挨拶だ。おい、俊輔」
「あ、申し訳ありませぬ。伊藤俊輔と申します。来原さんと木戸さんの使番をさせていただいてます。以後お見知りおきを」
「随分丁寧な挨拶かたじけない。それで聞多と呼んでくれてええ」

 伊藤はポカンとして何を言ったらいいのかわからないようだったので、続けて言った。

「わしら友達だ。友達でええじゃろ。伊藤くんも俊輔と呼ぶし。あ、桂さん、今後ともご指導のほどを」
「なんだ私は付け足しか」

 酒をしばらく酌み交わしていたが、その間も俊輔は聞多の顔をじっと見ていた。

「俊輔どうかしたか。わしの顔ばかり見とって」
「はい、いや。年上で上士で殿のお小姓という方に友達だと言われてもどうしたら良いのか分からんくて」
「別に普通でええんじゃないか。わしは気にせんぞ」
「君は気にしなくても俊輔は気にするんじゃ。いや、気にせんといかん」
「随分心配しいですね、桂さんは。そういえば周布さんから、江川塾ちゅう所に行くよう命じられました。桂さんも学ばれたようですが、英学を理解でたもんがおらんと嘆かれてましたなぁ。桂さんほどのお人でも、うもういかんちゃわしには無理かもしれんの」
 そう言うと聞多はケラケラと笑った。その笑い顔のあまりの屈託の無さに俊輔もつられた。桂は二人が良いのならそれで楽しくていいと思った。
 
 明日は細々とした用事をこなさなくてはいけないという聞多のため、これからが本番という時間に藩邸に戻る事にした。帰る道すがら目をキラキラさせて桂を見る俊輔の意図を察したので、桂は一つの提案をした。
「志道くん、どうだその供にこの俊輔は」
「それには及びませぬ。もう案内役は見つけてるんじゃ」
 がっかりしている俊輔を尻目に桂と聞多は談笑しながら藩邸への道を急いだ。


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