見出し画像

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#112

21 大阪会議(2)

 日を置かずに東京に戻ったところで、江藤が佐賀で士族が兵を挙げたことを知った。そういえば前原一誠も官を辞して萩に帰っていたことを思い出した。前原は政府の士族に対する秩禄処分や徴兵制に不満を持っていたと思いを巡らしていた。前原を萩から引き離すべきだ。木戸や博文に文を送ったが、不安が消えることはなかった。山口にもまた騒動が起きるかもしれない。それは馨にとって確信にもなる出来事になった。

 大久保の率いる内務省は地方の治安を握っていた。そのため内務卿として大久保はこの佐賀の乱に対して政府の「威権」を示すべく行動をした。大久保自ら鎮圧に乗り出し、臨機処分権と言われる軍事・行政・司法の分野に渡る権限の一任も手中にしていた。佐賀での鎮圧の後逃亡した江藤に対する死刑執行の権限をも持っていたことになる。すべてがおわると大久保利通は東京に戻った
 
 また同じ頃、大久保や西郷、黒田といった薩摩勢にとって、懸案事項だった台湾討伐が形を持ってきた。大久保は大隈ともに国際法上の問題や経済上の問題を洗い出すため調査を始めていた。西郷従道が台湾蕃地事務都督に任じられ、大隈が長官になる台湾蕃地事務局が設置されるなど、着々と準備が進められていた。

 征韓論から間がないのに今度は台湾を攻めるのかと木戸は怒り、辞職願を出していた。これに博文も山縣も同調することはせず、表立って反対もしなかった。出兵の機運が高まる中、米英の駐日公使から清の同意なしの行為には船舶など出すわけには行かないと抗議が来た。しかし、今更中止はできないとして、西郷従道による出兵は強行された。このとき船舶での輸送は、大隈の口利きで三菱が請け負う事になった。三井の日本郵船はこの事件に船を出すのを拒否していた。

 清との戦争は回避したい政府は、柳原前光を全権公使として派遣し交渉を開始する。台湾からの早期撤兵を望む声も出てくる中、士族の不満をそらす目的もあったため、簡単に撤兵もできない。台湾蕃地は無主の土地であるから占領をするという方針のまま、海戦の準備はなされ、一方で開戰を回避したい大久保利通は全権弁理大臣として清に渡った。交渉は停滞したが駐清英国公使の斡旋もあり、「日清両国互換条約」等の締結に至った。清が「撫育金」として50万両支払うことを認め、日本は撤兵することに同意した。

 下野をした木戸は、馨とともに山口の士族の救済のため、士族授産局の設置と山口の特産物を集め、売りさばく、防長協同会社の設立に関わることになった。
「木戸さん、こうやって商売をすると、士族が商人をするようになるとは、と言われることが結構あるんじゃ。まずはその意識から改めんといけんのじゃなかろうか」
「確かに私にも無いとは言えんからの。聞多が商人になると言ったときがそうだった」
「士族を開拓会社に任せるとしたときもかなり反発された。商人の下で働けるかとな。まずはそこからじゃ。それともう一つ」
「もう一つとはなんだ、聞多」
「学校じゃ。これからの立身出世には学問が欠かせなくなる。大学や専門学校に入る道筋が必要じゃ。まずは上等小学校を作らなならんと思うんじゃ」
「学校か。皆の知識が上がらねば、公議輿論もあがらぬな」
「萩と山口に必要じゃと思うのだが」
「金をどうするかだな」
「出世したものが、出し拠るというのは」
少し考えてから、馨は続けて言った。
「殿から撫育金をいただき、長州出身の官員が寄付を出して、この地の手本を示すというのはどうじゃろ」
「それは良い考えだ。元徳公に話をしてみるか。高輪のお屋敷に行ったときに勧進をすることにしよう」
 毛利家から2500石と官員からの寄付を募った結果、山口に「鴻城学舎」萩に「巴城学舎」という上等小学校を設立することができた。少しずつ前進している手応えを感じていた。

 ある日、馨は下関で米の売り買いの話をしていると、不思議な話を聞いた。
「そういえば井上さん、小野組なんだが。空売りというか自分とこの支店同士で、米の売り買いをしているんじゃないかと聞いたのですが、どう思います」
「そげなこと本当なら、商いとしては成り立たんじゃないか」
「そうですよねぇ。小野組としては良くない話が広まっとることになるの」
「ほかの港でもどうか調べてみるかの」
そう言ってこの話を終わらせた。

 小野組の商いに興味を持った馨は、経由地の港でも米相場を確認し、自己売買を重ねていることを確信していた。由々しき事態だと考えたので、東京につくと渋沢の家へ向かった。
「渋沢くん、居るかの。井上じゃ」
女中が取り次ぐと、屋敷の奥の部屋に案内された。
「これは井上さん、お久しぶりでございます」
「暇かとおもって訪ねたのじゃがの」
暇かと言う割に厳しい表情の馨を見て、渋沢は言った。
「ちょうどよいところでした。切りも良いのでお供いたしましょう」
 二人で連れあって、新橋の茶屋に行き、ひとしきり騒いだところで、また馨が考えている風情を出した。
「おねえさんがた、これにてお開きと」
渋沢は芸姑を下がらせて、これが本題かと話を振った。
「井上さん、なにか深刻なお話でも」
「そうじゃの。実は大変な噂を耳にしたので、調べてみたところ」
「その大変な噂とは?」
「小野組の経営状態じゃ」
「米の自己売買が気になったもので、他のことも調べてみたところ、かなり厳しいことがわかったんじゃ」
「第一銀行との取引はどうじゃ」
「かなりの借越かと」
「担保をしっかり取っといたほうがええと思う。それを言いに来たんじゃ」
「もし小野組が破産となると、合本のこの銀行の経営も難しいことになりますな」
「資本割合に応じた責任に変えぬと、残ったほうがすべて持たぬといかんことになる」
「はい、責任割合を約定に入れることを取り計らいます」
「政府の御用金の取り扱いも同じじゃな」
「小野組は取り扱っている御用金をどれだけ残しておりますか」
「そうじゃな。保証金積み増しの必要があるかもしれん」
「保証金の積み増し、これが命じられたら、小野組は…」
「そこで終わるかもしれん。とにかく深刻な問題になる。渋沢、この銀行潰すなよ」
「はい、その言葉肝に銘じます。早速取りかかれることを行います」
「小野組のこと、大隈に相談するのもええかもしれんな」
「わかりました」
渋沢は馨の顔を見て言った。
 こうして、この場は収まった。馨は渋沢との話で、気にかかることが色々出てきたので、あの男に会いに行こうと思った。

この記事が参加している募集

日本史がすき

サポートいただきますと、資料の購入、取材に費やす費用の足しに致します。 よりよい作品作りにご協力ください