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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#45

10 四境戦争(1)

 公儀の使者は芸藩に来ていた。まずはと長州側の指導者の召喚を命じていた。木戸が京で薩摩から聞いてきた内容と、変わらないだろう。
 長州としても、戦の準備の時間が欲しいので引き延ばしを図るべく、召喚に応じるふりをして、応じないということを繰り返していた。

 緊張はいろいろなところに歪みを生む。そのような中で奇兵隊の一部が暴発したときは、抑え込むことに徹した。軍紀の引き締めと関係者の処分で乗り切った。

 公儀は最終通告をしてくるというので、宍戸備後助と楫取素彦を使者として送っていたが、芸州広島にて人質として拘禁されてしまった。このようなことは許されるべきことでないと憤りもあったが、まだ戦機が整っていないとして自重した。

 ひたすら機を待ちつつ、ミニエー銃の効果的な運用のため、戦闘訓練を重ねていた。

 軍編成も発表されて、割り当てのお役目を果たすべく士気を上げていった。そのような中で聞多は、晋作や俊輔と意見を交換していた。
「晋作はオテント丸のこともあるから、海軍局付になっとるな。わしは何で石州口の参謀なんじゃ。どう考えても芸州口で指揮をできると思ったから、俊輔に芸州のこと探ってもらったんじゃ。いろいろと気が重い」
「聞多はどうするつもり」
 俊輔が聞多に尋ねた。
「せっかく作れた繋がりを使わんのもな。芸州のことはほかの人に引き継ぐかな。それとも芸州にこだわって木戸さんに頼んで、編成を変えてもらう。ってことじゃな」
「聞多、軍の編成は大村先生のお役目ではなかったか」
「そうじゃなぁ。確かになぁ。大村先生にお目にかからんといけんなぁ」
「そうだ、聞多。そのほうがいいと思う」
 俊輔も同意したので、聞多は大村益次郎の屋敷を訪ねることにした。

「申し訳ありません。一度決定したことを変えてほしいと申すのは筋違いと思いましたが。どうしても申し上げておきたき事があります」
 聞多は大村の元を訪ね、平伏しながら言った。
「どのようなことかな」
「この度の軍編成のことでございます。私が石州口の参謀となっておりましたが、芸州口へ変えていただきたい」
 思い切って、言ってみた。
「芸州口のほうが良いと申されるのか」
 編成替えの大義名分はこれしかないだろうと思って言った。
「私は、公儀に対して抗戦を真っ先に唱えました。これは我が身を捨てても戦うべきという考えでありました。それにふさわしいのは、激戦が予想される芸州口であると存じます」
「それでは、井上君に聞きますが、洋式戦術訓練はいかほど受けてますか」
 この質問は予想外だった、聞多は本当のことを言うと、だめになるのではと思った。そう皆に称賛され、晴れがましく、江戸遊学を勝ち取ったときだけだ。
「洋式の戦術訓練は、始まったばかりのころに一度受けただけでございます」
「なるほど、その当時の訓練と今の戦術は別物です。その程度の知識であれば、小隊の指揮を任せるわけにはいかないですな」
「いまからでも、戦術を理解すればよいのではないですか」
 ここで引き下がってたまるか。
「石州口は津和野藩やその先を占領することを考えています。民心の安定も重要な役目です。そういったことを君に頼みたいと思っています。軍事だけでなく、民政もできる人材が石州口に必要なのです」

 えっと思った。これが軍略家大村益次郎。長州びいきの民心を利用するというのか。そのためには短かったとはいえ、小郡代官の経験を活かせということなんだろう。

「そのような身に余るお役目、私には荷が重いです」
「そのようなことはないでしょう。それに芸州口は最後まで決着はつかないでしょう。石州口が早く決着すれば、そちらに替わることも可能ということです」
 しばらく聞多は沈黙し考えていた。これは言われた通りやるしかないと結論を出した。
「わかりました。石州口にて存分に働きます」
「お分かりいただけたか。あぁそうでした、こちらを」
 
 大村がわきに置いてあった箱を聞多の前に置いた。包んであった風呂敷を解くと、見覚えのある箱が出てきた。
「これは、わしの」
「そうです。井上君がイギリスに密航するとき伊豆倉に預けたランプです。私が預かったほうが渡しやすいと思ったのですが、今までかかってしまいました」
「ありがとうございます」
「ここから英学が始まっていたのですな」
「そうだったと思います。もうずっと昔のように思います」
 
 受け取って箱を開けた。ガラスの光が輝いていた。
 あの時照らしていたのは、新しい世界への夢だった気がする。


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