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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#111

21 大阪会議(1)

 新聞に大きな文字が踊っていた。
「民 撰 議 院 設 立 建 白 書 」
 民の選挙によって議員を決めて、国会を開こうというものだった。これまでも民権活動家と言われる人たちがやったものはあったが、今回は政府の中枢にいた人たちも一緒に名を連ねていた。
 征韓論で下野をした、板垣退助や江藤新平がおり、でも知らない名の者が筆頭に出ていた。小室信夫、古沢滋という人物に、馨は興味を持った。このメンバーは板垣を中心としたものだろう。そうすると土佐派と言うことか。江藤が民撰議院設立とは。大久保に対する牽制ということだろうか。
 また、「愛国公党」という団体を作り、江藤も参加し頭領となるという話を聞いた。
「江藤がこのような組織の頭領とは不思議なものじゃの。これだけ揃って、少しは動くか、動かぬか、見ものじゃ」
馨がつぶやいていた。
「それにしても大久保さんが中心で世を動かすんか。俊輔もそれを手伝うちょるし。あの大威張りもか。つまらんの」
距離をとっているとはいえ、やはり皆の動向は気になるものだった。

 久々の夫婦水入らずの時を過ごしていた馨は、思い切って考えていたことを、武子に話そうと思った。
「武さん話があるんじゃ」
「いかがされました」
「座ってくれんかの」
「はい、どうぞ」
武子は、ニッコリ笑うと、馨の前に茶と茶菓子を置いて座った。
「そろそろ、山口に行こうと思っちょる。ゆっくりしようとな。母上の納骨もせにゃならん」
「確かに、母上様をここに置かれるのも、よろしいことではございませぬな」
「武さんも一緒にじゃ。母上の納骨、法要をするのじゃ」
「皆様とお会いするのも、久しいことでございます」
「此処から先は、もしものことと聞いてほしい」
武子は不思議なことだと言うように、覗き込むような姿勢で聞いていた。
「わしは女子を手元で育てたいと思うちょる。とりあえずは親戚の中から良い子がおればええが、そうでなければ他のお家の子でもと考えたんじゃ。法事の際に姉上が、末っ子の末子を連れてくることになっとる。武さんが気に入れば、その子でというつもりで居る」
 馨は、妻の武子の表情の変化を、見落とさないよう気をつけていた。武子はゆっくり目を閉じて、少し息を吐いた。
「良いお話ではありませんか。姪御さんであればなんの問題もございませんね。早く末子さんにお会いしたいものです」
「武さんがそう言うのなら、進めることにするぞ」
「えぇ。賑やかになりますね」
いつもと変わらない落ち着きと笑顔に馨はホッとしていた。

 山口に武子と共に帰郷した馨は、母親の納骨を終えて法事も一段落し、親戚との懇親の場に出ていた。
「母上のお看取りありがとうござんした。馨さんもあんなだから大変でしょうが、本当によろしゅうお願いします」
「いえいえとんでもございません。もっと母上様のお力になれればと」
武子は馨の姉常子と話をしていた。
「あの、姉上様。お末ちゃんは」
「あれじゃ。あの赤い着物の。本当に口ばっかり達者になって」
「まぁ、愛らしい」
目を引く愛らしさと、口以上に動く手が気持ちを大きく表しているようだった。キラキラ光る目が印象的だった。
「末子、お末。叔父上にご挨拶なさい」
常子は末子に声をかけた。
「は~い」
返事とともに末子が馨の前にやってきた。
「叔父上、お久しぶりです」
「よく挨拶したの。そうは言っても顔を合わせたんはどれくらい前じゃ。覚えてはなかろう」
「これで、叔父上のこと忘れんようします」
ニッコリと笑って馨を見上げて言った。
馨は自分が探していた物を持っている子供だと直感した。
「末子、きちんと挨拶してくれたお礼じゃ」
馨は横浜で買った赤いシルクのリボンを末子に渡した。
「叔父上、これは何です。ツルツルしてキラキラしちょる。ありがとうございます」
好奇心いっぱいのキラキラした目が、くるくる動く表情がとても可愛らしいと思った。
「りぼん言うんじゃ。母上に髪に結んでもらいなさい」
「はい」
末子はそう言うと、母親の常子に走り寄っていった。
「元気な子じゃの」
馨は隣りに座っていた、森清蔵に話しかけていた。
「結構なおてんば娘ですよ。しかもあの笑顔に皆、はぐらかされてしまいます」
「たしかにそうじゃの」
馨はニコニコ笑って、走り去った先を見ていた。
 末子は馨からもらったリボンを持って、常子の前に座っていた。
「母上、これを頭に付けてください」
「まぁ、その前に叔母上にご挨拶を」
「叔母上、末子でございます。よろしくお願いします」
「まぁ、しっかりとしたご挨拶。ありがとうございます。武子と言います。よろしくお願いしますね」
武子も自然と笑みがこぼれて、末子に挨拶をした。
「母上、これを」
末子がリボンを差し出していた。
「武子さんこれをどうしたらええんじゃろ」
「すいません、よろしいですか」
武子がリボンを受け取ると、末子の髪の元結のあたりに、そのリボンを巻き付けて結んだ。
「良くお似合いですね。愛らしいこと」
「本当によう似合っちょる」
「ありがとうございます」
末子はそう言うと、子供たちの座へ戻っていった。
それを遠くから眺めていた馨が、武子達に近寄って話しかけた。
「姉上、末子をうちの養女にという話、ぜひともお願いしたいんじゃ」
武子も続いて言った。
「私からもお願いします」
「まぁ私が言うのも何だけど。田舎に置いておくのはもったいない子じゃ。馨さんの元で養育してもらえりゃ、箔もつくというもの。小沢も良い話と納得しちょる」
馨と武子は互いの顔を見合って、笑っていた。
「それは本当にありがたい。しっかり学ばせ、当代一の女子にしてみせたいと思っちょる。あの好奇心は大事なことじゃ」
馨は壮大な野心を口にしていた。
 武子は自分に子がないことで、馨に不満がないのか心配になっていた。夜に二人きりになったところで確かめようと思った。先に寝室に入った武子は、馨を待っていた。
「どうしたんじゃ。武さん。もう休んどるかと」
「お話したいことが」
「なんじゃ。こう改まられると緊張するの」
「お子のこと。私に子がないことをどう思われているのかと」
「どうもこうもないじゃろ。子は授かりもの。気にしたところで意味はなかろ。幸い養子とは言え勝之助が居るんじゃ、跡取りを気にすることもない。末子のことは横浜のイギリス人家庭に預かってもらい、語学と躾を身に着けさそうとおもうんじゃ。わしらも横浜に引っ越して暮らそう思っとる」
武子には初めて聞くことが多くて、ひたすら驚いていた。
「お前様がそのようなお考えだったと、初めて知りました。お忙しい中たしかに横浜のほうが。ですが、重要なことは私にもご相談ください」
そう言うと馨に背中を向けて黙ってしまった。
「武さん、こっち向いてくれんか。まだ話の途中じゃ」
「武さん」
何回か呼んでも反応がないので、馨は武子を後ろから抱きしめて、耳元で囁いた。
「わしには武さんが一番大事で、いまでも惚れちょる。ともに生きるのもお前さんだけじゃよ」
 そう言って寝間着の合わせから手を差し込むと、抵抗のないことを確認して、帯を解いた。床に横たえてやさしく肌に触れていった。こうして妻を抱くことが、自分にとって安らぎでもあると実感していた。

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