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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#71

15 運命のひと(2)

 ただ出仕しなくてよいという日は気が楽だ。それなのに、外が騒がしくなって、気になってしまった。外に出ると、表の門に人が集まっていた。
「どうかしたのか」
「えっ井上さんまだおいでだったのですか」
「なんじゃ」
聞多が前に出ようとすると袖を引っ張るものがいた。
「怪しい浪士が大隈さんに会わせろと言っているのです。前に出ないでください」
書生に止められたが、聞多は思わず声を張り上げていた。
「おぬしらは何者じゃ。大隈なら大蔵省じゃ」
「貴様こそ何者」
「わしか。わしは長州の井上聞多じゃ」
書生達が静まってしまった。
「長州の井上だと。外国かぶれの」
「おぬしらは攘夷派か。わしを斬りたいか」
 聞多は気持ちは入れつつも、体の力を抜いて男たちと対峙していた。相手が抜くならいつでも斬るという気迫を出して向かい合った。その雰囲気を感じ取った浪士風の男は下がっていった。
「いや、そのようなことは」
「またくる」
口々に浪士風の男たちは、聞多の様子を見て去っていった。それを見た書生たちからホッとした空気が広がっていった。
「ちょっと、書生さんたち」
怒りの入った武子の声が響いた。
「なぜ、井上様を前にお出しになったの。誰か、弾正台に報告に行ったのですか。情けない。井上様に何かあったら、どうなさるおつもり」
声のする方を聞多が見ると、薙刀を抱え、たすき掛けをした姿の武子が立っていた。
「武さん、勇ましいのう。大丈夫じゃ。そげなことしてくれんでもな」
「井上様」
 聞多は武子の肩をぽんと叩いて自分の部屋に戻っていった。書生たちは「流石本当の志士だ」とつぶやいていた。
 聞多は身なりを整え、木戸のところへ向かう準備をした。あの攘夷派の男たちは噂になっていた、外務卿の沢様の屋敷に出入りしているものだろうか。そうすると、同じ築地に居を構えていることになるが。ああやって表に出てくることが、できるようなものばかりでないはず。街で出会わなければ大丈夫だと計算していた。
出かけようとすると、まだ門のところに書生が立っていた。
「わしはでかけてくる」
「井上さん、大丈夫ですか」
「心配することはない。あやつらはもう出てこぬな」
書生たちに声をかけると、皆がホッとしているのがわかった。そんなものだと聞多も気を緩めつつ歩いていった。
 木戸の家につくと、書斎に通された。
「木戸さん、藩庁の改革案お読みいただけましたか」
「あぁ、杉や高杉小忠太さんたちに、ひと頑張りしてもらうよ。それと、今度清に行くことになりそうなのだが。外交上の立場や条約について、策がほしいのだが」
「随分曖昧ですな。条約上のということになると、最恵国待遇というのが問題になりそうじゃ。各条約文にあたってみないと確かなことはわからんが」
「わかった、条約文の写しを正式翻訳文と合わせて届けさせる」
「大隈の参議の就任の件は進んどらんですか」
「単刀直入できたな」
「単独でならできないこともない。薩長土肥それぞれ参議を出すという均衡を図るという意味でならな」
「私や君たちの開明派が力を持つという点で行くと、大久保たちからは警戒されている」
「それで、大蔵と民部の分離ということじゃな」
「我らには政府部内でも敵がおるということだ」
「いつまでも芋たちに、足を引っ張られてええんですか。兵部省だって、大村さんの意志を継ごうとしちょる山田顕義が大阪で孤立してる。黒田や芋たちの力が強いからの。狂介を東京に出して支援をせねば、やめるといいかねん。それに加えて兵部に諸藩が兵を差し出し、そのまかないをもさせなくては政府の威信も無うなってしまう。確かに薩摩や長州の兵に頼るのは薩摩・長州の藩をいつまで認めるのか、という問題もあるのはわかっちょるんです。」
息をついで、聞多は言い続けた。
「いいですか、ここは木戸さんが踏ん張ってくれんと、なんのための維新かわからんようになる」
「聞多大丈夫か。気短だから心配になる」
木戸には聞多が感情のまま、話しているとしか見えなかった。
「やらねばいかんが、出来ぬことが多すぎるの」
「何を言っているのかわかっているのか」
「ふっ、理解っとりますよ。中央に力と金を集める必要があると言っとるんじゃ。気短とか木戸さんに言われとうないの。すぐに辞めるとかいわんでください。そういえばお願いがあるのじゃが」
「なんだ」
「造幣寮の仕事が一段落したら、兵庫の知事に転任させてもらえんだろうか」
「なんだって」
「わしは自分の目が届く範囲の仕事して、地方をしっかり固めるほうがええと思っちょる」
「聞多、本当にそう思っておるのか」
「ばらばらで何ができると言うのかの。少なくとも政の一致を図ることが出来んようじゃ、物事は進まんと思います。それじゃ帰ります」
 木戸は伊藤博文からの、アメリカで財政の視察がしたいという申し出を、どう扱うか決めかねていた。それにしても聞多は言いたいことを言って去ったものだ。

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