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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~♯11

尊王攘夷への道(5)

 そんな話をしてしばらくたったころ、高杉は同士と承認する者たちを土蔵相模に集めた。聞多もその中に入っていた。
 京から江戸に来ていた久坂玄瑞や品川弥二郎などとは一連の連絡会合などで親しくなっており、立派に同士と認め合うようになっていた。逆に俊輔は京に行っていてこの企みには参加していない。

「ようし、我々もいよいよ攘夷を決行する。薩摩に遅れるのは遺憾だが、やらねば長州の攘夷の旗は偽物となってしまう」
 高杉が高らかに、熱っぽく演説を始めた。
「鎌倉に横浜の居留地にいる公使たちが外出するという。その時そいつらを斬る」
「この話に怖気づいた奴はすぐさま立ち去れ」

 周りを見渡して席を立つものがいないことを確認して、高杉は聞多に続けさせた。

「横浜の外国人は7日毎に休む。その時鎌倉方面に出掛けることが多いんじゃ。その道中を狙う。聞いてきたところ11月13日に出かける連中がおる。確実な話じゃ」
「どうだ、決行は3日後。その前日に神奈川の金沢の宿に集合だ。異論は無いな」
 最後はもう一度、一同の顔を見ながら、高杉が締めた。

 ただでさえ大騒ぎなところ、血気にまではやる状態では収集はつかない。

 そういう中でも冷静な人間は居るもので、誰彼となく声がした。
「そう言えばここの支払いどうなっちょる」
「あぁ多分預けた金じゃ足りんだろう」
 聞多が何気なく答えた。
「聞多確認してこい」
 これは高杉。
「身ぎれいにせんと長州武士が廃るのう」
 どこかからか言う者があった。
「好き勝手に言うな。なんでわしが」
 不満だらけの声で、聞多が応じていた。
「君が幹事だからだ。だいたい僕は藩邸に出禁中だ。他のものは藩要路の方々とは話し合えぬのが多いだろう。そうすると君と長嶺と大和ということになる。いいか聞多しかいないぞ、今僕が決めた」
「はぁぁー。勝手に決めるな。あぁあうるさいのう。わかったわしがやる。やりゃあいいんじゃろう」

 もうヤケになっていた。こういう手続になると、聞多は押し付けられる立場と、いつの間にかなっていた。しかし、今回のそもそもも、自分たちに充てられた遊学費用が元になっている。これ以上引き出すとなると、相手はあそこしかいないだろう。

「よし、続きは朝陽亭でやる。必ず聞多も来いよ」
 高杉の声を聞きながら、聞多は金策の段取りを考えていた。
「聞多、良い考えがある。この店には来島又兵衛のおっさんが入れあげてる妓女がいる。その女から無心の文が来たらどうなる」
 笑いながら大和弥八郎が聞多に言った。
「なるほど。で、文はどうするんじゃ」
「今すぐでも用意できる」
「はぁ。どういうことじゃ」
「僕が書いてやるよ。女人のかな文字上手いぞ」
「はぁ持つべきものは友じゃ。かたじけない」
 聞多は大和に抱きついて、じゃれついていた。
「あとは聞多お得意の屁理屈が、どれほどのものかじゃの」
 長嶺内蔵太が、眉間にシワを寄せながら言って笑い転げた。
「う〜ん気楽に言うな」

 皆を見送り、聞多は帳場で借り越分を確認した。60両だった。これに神奈川の金沢への皆の宿代諸々考えると100両を用意する必要がある。必死に手順や条件ごとの対応策を考えながら上屋敷への道を急いだ。まずは周布様に目通りを願うか。

 屋敷に着いて、周布の部屋に通された聞多は早速切りだした。
「誠にもって言い出しにくいことですが」
「言い出しにくいのなら、言うべきではないのかな」
「そうは行きませぬ。私の宿志のことにて。先日来英学修行をお認めいただき、励んでおるところ」

 頭を下げて、真面目に冷静に話をするのだ。聞多は己に言い聞かせていた。

「バカを申すな。そなた等が土蔵相模に入り浸っておること、わしが知らぬと思うてか」
「いや入り浸ってはおりませぬ。江戸に用事のあるときに出入りはいたしましたが。横浜に家も借り、励んでおります」

 顔を上げて、誠心誠意話しているように、少し目線を下げて説明していた。

「どうせ金の無心だろう。良いか、そなた等が、勉学に励みたいという志を大切したいと、特別に100両支給を決めたのだ。それを蔑ろにして、金が足りないだと。許可はせぬよ。断じて出さぬ」

 今度は必死に頭を下げたが、周布は怒って部屋から出ていってしまった。部屋にはもうひとりいて、そちらの人物からこちらに来いと別の部屋に通された。その人物は来島で、まさにもう一つの金づる候補だった。

「お主らが飲み騒いでいるのを嗜めたい大人は多いんじゃ。そこに飛び込んできたのだから周布さんもああ怒るしかないんだ。少しは頭に留めておけ」
「このようなものも預かってきたのですが」

 聞多は懐から例の手紙を差し出した。それを読んだ来島は聞多の顔を眺めて言った。

「わかった、金を出してやろう。公式な金でなくわしの手元の金だ。なので50両がいっぱいだ」
「ありがとうございます。これで横浜の家も本や資料も充実させることができます」
 聞多は床に額をつけるか、というところまで頭を下げて礼を述べた。
「最もこのような文では、金を出せるものではないぞ。書いた者にそう伝えておけ。おぬしのこと見込んでのことじゃ」
 偽物だとバレていたかと思いつつ、努めて言った。
「そのようなものではございませぬ。ただこの金、無駄にはいたしません事、きっと明らかに致します」
 言い訳と決意を暗にしめした。そして金を受け取って下がることにした。

 部屋を下がってまた思案をせずにはいられない。あと50両どうするかという問題が残っている。そんなとき高杉との話を思い出した。高杉の父親が江戸に上ったとき、晋作が不始末を犯したときに用立てられるように金を預けていったというものだ。これは使えると聞多は思った。

 高杉の父親が金を預けた相手、山縣半蔵のところに行った。
「このような時間にお通しいただきありがとうございます。実は高杉の使いでまいりました。晋作は妓楼に入り浸り金も尽きたので、支払いができず罰を受け、出ることが叶いませぬ。そこで父上がお預けになった金を引き出させていただき、救ってほしいとのことです。是非お願いします」
「なんじゃと、どうしてそのようなことに」
「わたくしも詳しくは存じませねが、よほどのことに相成ったと。なにとぞ」
 晋作に成り代わり、頭を下げたつもりだった。
「いくら必要なのか」
「50両ほどかと」
「仕方がないのう」
 山縣は立ち上がり50両を持ってきた。
「これを預ける。晋作がこれ以上愚かなことにならぬよう、そなたも力を貸せよ」

 顔がほころびそうになったが、晋作を見守ることに異論はない。素直に頭を下げることができた。

「わかりました。友人として見守りますので大丈夫でございます」


 これで100両を手に入れることができた。まずは土蔵相模に戻り借り越しになっている60両を支払い、のこりの40両を懐に朝陽亭に向かった。

 朝陽亭につくと、山尾が不安そうにしていた。何かあったのかと聞くと、久坂と高杉が公使の暗殺を巡って意見が対立して、挙げ句刀を抜く抜かないの騒ぎになっているという。止められるのは聞多しかいないだろうと待っていたらしい。疲れとイラつきと感情の歯止めが効かなってきた。もやもやしながら皆のいる部屋に向かった。

「はぁ、これはどういうことじゃ。おぬしらいいかげんにせぇよ」
 聞多はなるべく大きな音が出るように、手に持った皿を床に叩きつけた。皿は戸のヘリに当たり、バンガシャンと音を立てた。久坂と高杉が聞多の方を向いた。

「こんな風に、わしを蔑ろにして。皆がいいようにとやってみればこのザマか。えーわしは走り使いか」
 今度は二人をめがけて座布団を投げつけた。
「おぬしら気ままにして。話がつかぬと今度は刀を抜くだのとぬかしおって、真に腹が立つ」

 などとわめきながら手当り次第投げつける聞多を見て、気を取られたのかこちらのにらみ合いは終わったようだった。
 久坂と高杉は口々に聞多を止めろという始末だった。その様子を見て暴れるのをやめた聞多は床に転がった。

「いいか、わしは100両作るのにオヤジたちの説教やら嫌味やらに耐えて、頭を下げ続けたんじゃ。嘘もついたし気も疲れた。やっと一息つける思うたらこの始末じゃし。もうやってられん」
「わかった。もういいな久坂」
 晋作はあっけにとられ、久坂に同意を求めるように言った。
「ああ、聞多に暴れられたら止められん」
 久坂は一も二もなく同意していた。
「皆の一致は大丈夫だな。ようし、明後日は決行じゃ」と聞多が言った。
 続けて高杉は気合を込めて掛け声をした。
「長防武士の攘夷を見せつけてやろう」
 一同で声を合わせた。
「おう」
 強い気合とともに轟きのような声が、おこっていた。


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