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【映画レビュー】『八月のクリスマス』:ああ、またきっとこの世界に浸りたくなる!

 また観てしまった……。
 20代のときに観て以来、数年おきに見直して、今回で5、6度目だと思う。心がとげとげすると、なぜかこの映画を観たくなって、毎回観終わって泣いている。本当に静かで優しくて素敵な映画なのです…
 これからもまた観るかもしれないけれども、この機会にいったんこの映画を自分がどのように受け止めているのか、整理してまとめておこうと思う。

何度もこの世界に浸りたくなる

 何度も観ているこの作品、見るたびに切なくて切なくて、目の奥がじわーっと熱くなる。それでいて、何とも言えない穏やかで優しい気持ちになれる。
 なんでそんなに何回も観たくなるのか、なんで毎回そんな気持ちになるのか…? これという何か特別なものがあるわけではないような気がするのだが、なぜか、「ああ、また『八月のクリスマス』の世界に浸りたい」と思ってしまう。
 映画の宣伝ポスターには、「恋」という言葉が印刷されているものがある。でも、この作品で描かれているのは、恋ではないように思う。恋に至らなかったお互いの思い、いや、恋に至ることが最初からあり得なかった二人の関係とでも言おうか。

最初から恋愛に至ることはあり得なかった関係

 小さな写真店を営んでいるハン・ソッキュ演じる主人公の「おじさん」(40歳くらいだと思うが)と、駐車違反を取り締まる仕事をしている、シム・ウナ演じる若い女性タリム。二人はお互いに好意は持っている。でも、最後まで、自分の気持ちを口にすることはない。それは、言いたくても言えなかったというよりも、相手に伝えるような気持ではないからのように思えた。
 恋心のような好意なら、「私はあなたが好きだ」ということを伝えたくなるものだろう。でも、この二人の場合は、ちょっと違うのだ。
 若い女性タリムに慕われるおじさんは、自分の死が近いことを知っている。だから、おそらく身の回りで起こるすべてのことが、近いうちに見えなくなってしまうものとして、愛おしく見えている。それで、優しくなれる。包容力があるようにも見える。
 若い女性タリムは、おじさんのそういう優しさと包容力だからこそ、安心して素の自分を委ねた。なんの心配もなく慕うことができるし、頼ることもできた。
 おじさんのほうも、そんな風に、飾ることなく素直に自分を慕ってくれるタリムを、とても愛おしく思う。
 そうやって二人はお互いに好意を持っていく。でも、それは恋愛感情とは違っている。もともと、おじさんが死を覚悟するような病気をもっているからこそ、成り立っている関係なのである。
 もしかすると、二人の関係が長く続くなら、違う展開になったかもしれない。しかし、最初から二人の好意は長くは続かないことが前提なのだ。だから恋にはなりえないものだった。観る者もそれはわかっている。だからこそ、この男女の関係が切なく美しく、尊く見えるのではないだろうか。  

静かで穏やかな世界

 この映画は、1998年の作品である。舞台になっているのは、スマホもLINEもない時代である。もしそういう機器や手段があれば、この話は成り立たないかもしれない。相手がいないと思ったら、LINEで連絡すればいい。すぐに状況も居場所もわかる。でも、この映画では、手紙がなかなか相手に届かなかったりして、相手の状況が分からなかくなることが多くて、まどろっこしいくらいに、せかせかしていない。 
 タリムも、たぶん恋をしているとは自覚していないから、おじさんの姿が見えなくなっても、あえて調べようとまではしない。会いたいなと強く思うけれども、事を起こすまでには至らない。ただ、ときどき店の前に行って、中を覗き込んでみるだけで。そんなだから、いわゆる恋愛のバタバタや慌ただしさはない。
 おじさんは、近いうちに死ぬことを覚悟しているから、途中で一人で激しく泣く場面もある。でも、その場面も含めて、死を迎える準備をする出来事が淡々と積み重ねられる。
 それが意図的なものなのか、あるいは奇跡のような偶然の産物なのかはわからないが(もしかすると後者なのかもしれない気もするが)、映画は、とてもゆったりとしたスピードで、静かに穏やかに進んでいく。その穏やかさが、私を優しく包んでくれて、とても素敵なのである。もはや今の時代では作れない作品かもしれない。

またいつかきっと

 ストーリーは病気もので、ベタと言えばベタである。でも、何か普通の病気ものとは違う。なんだろう?
 こうして言葉にしてきても、微妙に違っている感じがする。この映画に惹かれてしまう理由をうまく言い表せていないように思う。こんなに素敵な映画体験をしているのに、ちょっと悔しい。
 でも、そういう言葉にできないなんとも言えない感覚が、「映画の世界に浸る」ということなのかもしれない。
 きっとまた、いつか、この映画に浸りたくなることがあるに違いない。主人公とヒロインの二人に出会いたくなる日があるに違いない。 


 韓国映画はとてもよい作品がたくさんあるけれども、一番好きなものを選べと言われたら、この映画を選ぶような気がします。
 ヒロインも、こんなに可愛いヒロインは他にいないと言いたいくらい可愛い。ぜひ多くの人に見てもらいたいと思います。

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