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【映画レビュー】『ペパーミント・キャンディー』:人生は戻りたくても戻れない

 何もかもうまくいかず、もうどうしようもない破滅状態になった主人公が、涙を流して「帰りたい」と言いながら、走ってくる列車の間に立ちはだかるシーンから映画は始まる。そこからこの映画は、主人公の人生を遡りながらたどっていく。時間を逆に進んでいき、20年前の幸せだった青春時代まで巻き戻していく。
 その手法は力づくと言っていいほど強烈で、本当にすごい。こんな映画は観たことがない。人生は戻せるものなら戻したいときもあるが、いくら悔いても戻れない。巻き戻せない時間をさかのぼっていくのを見せられると、自分の人生とオーバーラップして、痛いほど胸に迫ってくる…

選択を重ねた結果として今の自分がある 

 人生にはいくつもターニングポイントがある。そのたびに、いくつもの選択肢から一つを選びとり、現在の自分が存在する。今の自分は、選択の結果である。あのときこうしていたらと思っても、決して元に戻ることがはできない。どうあがいても、一つの今の自分しかいないのである。
 冒頭のシーンで、主人公は自暴自棄になって、汚れた服を着て、酔っぱらいのようにふらふら歩き、涙を流し、歌ったり叫んだりし、同窓会に乱入して暴れる。このシーンが本当に衝撃的だ。もし自分が同じように人生に失敗してどうしようもなくなってしまったら、きっと同じようになると思う。今は辛うじてそこまで行っていないけれど、いつそうなってもおかしくなかった。もう胸が苦しくなってくる。

人殺しと拷問に手を染めて…

 この映画で描かれる主人公キム・ヨンホの人生は、単なる失敗を後悔するというようなものではない。すさまじい。
 ヨンホはもともとは工場で働き、組合活動などもしながら、真摯に青春を生きていた優しい若者だった。だが、兵役で軍隊に入ると、優しい性格ゆえか、軍隊の活動になじめず、上官にいびられる。挙句の果てには、反政府活動の弾圧に駆り出された際に負傷し、気が動転して女子高生を誤って殺してしまう。そこからキム・ヨンホの人生の歯車は狂っていく。
 除隊後、警官になったヨンホは、活動家の拷問をせざるをえなくなる。断るという選択はなかった。自分の手が、自分が拷問した活動家がもらした糞まみれになり、まさしく手を汚してしまったことを自覚する。そこからは、積極的に拷問をする側に回っていく。
 警官を退職した後は、実業家になるが、共同経営者に裏切られたりして、破滅への道をたどる。そして映画の冒頭の、鉄道自殺の場面になるわけだ。
 今は、時系列の順番に説明をしたが、映画では、これが逆に描かれる。今の姿が先に描かれ、そのあとになぜそうなったかという過去の姿が描かれる。それをくり返して映画は進んでいくのである。

「戻りたい」という心からの叫び

 自分で積極的に選び取った選択ではないとはいえ、主人公は結果的に、若い頃に思い描いていた美しい人生とは正反対の、汚れた人生を送ることになる。
 この映画のすさまじいところは、軍隊、警察という組織に属したことで、人殺しや拷問という、人間として最悪ともいえる行為をする人間になってしまう姿を描き出しているところだ。歴史の負の部分を一人の人間に背負わせているようで、あまりにも重い。なんと悲劇的な人生であることか。だからこそ、ヨンホの元に戻りたいという心からの叫びがずっしり響く。

最大の後悔か

 そうしたヨンホの人生が堕ちていくことを示す象徴的な存在として、若い時に出会った恋人ユン・スムニが登場する。彼女が軍隊に入ったヨンスに面会に行った日は、ヨンスは女子高生を殺してしまった日だった。そこから、ヨンスはスムニと向かい合うことができなくなる。そして二人は離れる。
 だが、破滅して家もお金もなくしたヨンスは、死を前にした昏睡状態のスムニと再会する。スムニがヨンスとどうしても会いたいと希望して、夫にヨンスを探させたのだ。ヨンスは、病室で意識のないスムニを前にして、彼女を捨てなくてはならなかった自分の人生を悔やむ。
 この悲しいエピソードも、映画では時系列の順番に描かれず、昏睡状態のスムニに会うのが先で、その後で、スムニとはどんな関係だったのかが明らかにされていく。うーん、本当にすごい映画である。


 もちろん主人公のような悲劇的な人生とまではいかないが、私の人生も後悔だらけです。もっとこうしていたらと思うことが、あれやこれや、たくさんあります。でももう元には戻れないのですよね。
 本当に身につまされるすごい映画です。ぜひ多くの人に見てほしいです。

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