【映画レビュー】『まなみ100%』:描かれなかった時間に思いを馳せて
10年間ずっと1人の女性(まなみちゃん)を思い続けたことを描いた映画である。それだけだ。取り立てたドラマやストーリーがあるわけではない。でも、ハリウッドの大作にも匹敵するくらい(?)面白かった。
10年間を、2時間の映画で表そうとするのだから、当然、映画の中では描かれていない時間がある。そこにこの映画の面白さの秘密があるのではないかなと思った。
恋人ではないけれど、思い続けた女性
主人公のボクは、10年間ずっと1人の女性(まなみちゃん)が好きだ。
と言いながら、その間には、何人も彼女がいて、別れては新しい人と付き合うということを繰り返している。
まなみちゃんとは、高校時代も同じ体操部で活動していたのに、ずっと一緒にいたわけではない。話をするのはときどきである。唯一、長く一緒にいた様子が描かれるのは、花火大会に二人で出かけたときだけだ。そのときは親密になった感じもしたが、そのあと二人だけで会ったりはしなかったようだ。卒業後は、連絡もほとんどすることもなく、何年かに1回会うだけの関係となった。
だから、まなみちゃんが、映画の画面に登場するのは、「たまに」なのだ。まなみちゃん以外の女性との関係のほうが、映画の時間を長く占めている。
そんなので「好き」と言えるのか、と思うかもしれないが、やっぱり好きなのだ。いったいどういうことなのだろうか。
恋人でないからこそ、思い続けられたのでは
ボクは、まなみちゃんに会うたびに「結婚しよう」と言っては断られ、を繰り返している。その言葉はおそらく嘘ではない。
ボクが「結婚しよう」と言える相手は、まなみちゃんだけだ。他の恋人たちには、おそらくそんな気持ちを抱いたことはない。
そんな言葉を口に出せたのは、断られることがわかっているからなのかもしれない。逆説的だけれど、恋人にならないとわかっている人だから、ずっと思い続けられたような気もする。なぜそうなのか、すぐに説明できないのだけれど、少し考えてみた。
まなみちゃんが画面に出てこない
その謎を解くカギは、描かれなかった時間にあるような気がする。
思い続けた10年間を2時間の映画にするといっても、カットしているわけではない。まなみちゃんは、ずっと一緒にいる人ではないから、「隙間」がある。一緒に過ごしていない時間のほうが圧倒的に多いのだ。そこは映画では描かれないが、ボクとまなみちゃんの関係の本質が潜んでいる部分だ。
描かれていない間、まなみちゃんはボクにとってどんな存在なのだろう。まなみちゃんのことが頭の中に浮かび続けているのだろうか。
想像するしかないが、おろらくそうではない気がする。ふだんは忘れてしまっているかもしれない。
でも、まなみちゃんは、決して頭から消え去ることはない。ときどき思い出すと、胸がしめつけられるような感覚になる。
だからと言って、四六時中一緒にいると、大事だという思いが壊れてしまうような気がする。壊したくないから近づきすぎない。そんな存在なのだと思う。
「思い続ける」というのはそういうことなのではないかなと思った。
描かれなかった時間に思いを馳せる
そんなふうに、描かれなかった時間にこそ、この映画の秘密が詰め込まれている。観る者はそこにそれぞれ思いを馳せ、自分を投影していくのではないだろうか。それがこの映画のおもしろさであり、さも自分の話であるような感覚に陥る理由ではないかと思う。
最後、まなみちゃんが結婚するとき、「ボクの青春が終わる」というモノローグが入る。はたしてそうだろうか……。まなみちゃんの記憶は薄れて、消えて行ってしまうのだろうか。まなみちゃんに抱きしめられたシーンでは、ボロボロと涙がこぼれてきた。
ボクは、まなみちゃんをずっと思い続けるような気がする。
人が愛おしくなる映画でした。映画に出てくる人をみんな好きになってしまいそうです。人間不信に陥っている今の自分とは正反対にある映画です。
そして、大槻美奈さんの音楽がとてもすばらしいです。ぜひ生で聞いてみたい。できれば、映画と同じように合唱付きで!
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