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コメダ珈琲店

家の近所のコメダ珈琲店。目を背けたいこと、逃げたいことがあると、ここに来る。
今日は、月末の会計処理からの逃亡を図った。事務仕事は極力やりたくないのが人情ってやつだ。

ということで、コメダ珈琲店に来た。
コメダ珈琲店にシロノワールという商品があるのをご存じか。デニッシュ生地の丸く焼かれたパンの上に、ソフトクリームがとぐろを巻いて乗っている代物である。通常のデニッシュパンの2倍近い64層なんだそうだ。(コメダ珈琲店調べ。メニューに記載されている。)
通常のデニッシュパンとは、どんなデニッシュパン?という疑問はさておいて、店に着くまでは、シロノワールを食べようと心に決めていた。一度食べた時、こってりはしていたが美味しかった。人気メニューでもあるらしい。いつもの逃亡生活では、特にメニューをチェックすることなくコメダブレンドを頼み、それを飲みながら本を読んで過ごすのだが、今日は少し豪勢に逃亡を楽しみたい気分。

平日夕刻のコメダ珈琲は空いていた。
席に案内されて、シロノワールがメニューから外されてないか確認するために、メニューをめくる。

メニューには、ドリンクメニューがずらりと写真付きで並んでいた。定番のコメダブレンドにとどまらず、コーヒーとミルクを同時に注がれる写真のカフェオーレにも目が留まる。カフェオーレもいいなあ。蜂蜜オーレウィンナーなるものや、ミルクコーヒーの存在も確認。珈琲だけでこんなに種類があるとは。どれも捨てがたい。シロノワールとコメダブレンドに決めていた心が揺らぎ始める。

隣のページに目をやれば、たっぷりサイズの用意もある。逃亡生活を満喫しようと思えば、たっぷりサイズもいいだろう。
「ゆったりくつろぐ1,5倍」のキャッチコピーは、理想の逃亡生活にピッタリだ。

さらにページをめくると、デザートドリンクが目に飛び込んできた。この暑さだ。アイスクリームが乗っかったコーヒーやココアの写真だけでもワクワクする。
蓋つきのガラス瓶に入る色とりどりのドリンクがあるのは知っていたが、じっくり見るのは今回が初めて。あの蓋は何のためにあるのだろう。ただの飾りか埃よけか。小さな子どもをターゲットに考え、こぼさないようにという配慮だろうか。蓋は自分たちで開けるのだろうか。それとも運んでくれた店員さんが開けるのだろうか。子どもが飲む場合、自分たちで蓋を開ける方がよっぽど事故につながりやすい気がするのは私だけだろうか。しかし、店員さんに蓋を開けてもらい下げられてしまうと、蓋の役目はいったい何なのかという疑問が残る。あの蓋あってこそのデザートドリンクではないかと感じるからだ。

そういえば、蓋つきの容器はストローで飲むのが正解なのだろうか。写真を見ていると、蓋に穴は開いておらず、蓋を閉めたまま飲むことは不可能のようである。どのように飲めとの指示は、メニューにはない。蓋の存在が、疑問を生み続ける。

レモンスカッシュのみ、長靴の形をしたガラス容器の写真だった。わざわざ洗いにくい形状の容器にした理由は何だろう。しばし考える。足首のカーブが炭酸の気が抜けるのを防ぐ役割でも果たすのだろうか。そんな研究結果は聞いたことないが、私が知らないだけなのかもしれない。そうでもなければ、レモンスカッシュだけ長靴タイプになっている理由がわからない。その瞬間、メロンソーダが蓋つきの丸いガラス瓶に入っている写真を見つけて、炭酸が理由ではないのかもと思った。
もしかしたら、逆なのか。長靴タイプは気の抜けが早いとか。レモンスカッシュは気が抜けるくらいが飲みやすい、気が抜ける過程でのど越しの変化が楽しめるとか。コメダの開発チームが何かに気付いたのではないか。知りたい。

と、ここまでごちゃごちゃ考察しておいてなんだが、私は冷たい飲み物はほぼ飲まない。アイスクリームは好きだけど、コールドドリンクは苦手なのだ。お腹があまり強くないので、冷たいものを飲むとてきめん腹痛を起こす。アイスクリームもタイミング次第でお腹を壊すが、自分の体のことは自分が一番よくわかる。今日の感じだと、アイスは大丈夫。

デザートドリンクを頼むことは、今後おそらくないだろう。でも、何かのアクシデントで飲むことになる可能性もあるから、こうした考察も無駄ではないと思う。たまたまガスコンロが壊れて、お湯が沸かせないタイミングで来店して、冷えたものしか頼めない事態に遭遇するかもしれない。

そんなことを考えていたら、すでに来店から10分以上経過していた。急がないと店員に「あの客、注文しないで居座るつもりか」と思われそうだ。いかんいかん。

気持ち改め、さらにページをめくると、次はフードメニューであった。ふわふわサンドイッチ、ボリューム満点カツパン、オリジナルバーガー、軽い食事にホットドッグ、さくふわ食感トーストメニュー、ボリュームたっぷりまんぷくプレート、出来たてトロ~リ熱々ミール、特製ソースが決めて選べるスパゲティ、お手頃スナック、新鮮野菜バランスサラダと並ぶ。どうやらコメダ珈琲店は、キャッチコピーで客が釣れると確信しているようだ。私がいちいちキャッチコピーに惑わされているのが、何よりの証拠である。

逃亡生活に空腹は厳禁。空腹は思考を狂わせる。ネガティブ思考に陥りやすいのは、睡眠不足と空腹と決まっている。ここはしっかり食べて腹を満たそうかと思う自分がいる。
いや、待てよ。逃亡とはいえ夜には家に帰るのだから、この夕刻にたっぷり食べて腹を満たすと、間違いなく夕飯は食べられないし、
下手したら眠くなって、今ここで寝てしまいかねない。この時間に寝ると、確実に夜の睡眠に影響する。昼寝は15時までだよと、どこかのネット記事で読んだ記憶がある。

だったら、お手軽スナックあたりで手を打つかと一瞬思ったものの、スナックなので唐揚げにフライといった揚げ物が並ぶ。ごちゃごちゃうるさいようだが、揚げ物は胃もたれする年頃だ。
そうなると、軽い食事にホットドッグが最良の選択な気がしてきた。その中でも一番胃に優しそうな言葉の響きである「手作りたまごドッグ」で決まり!

いやいや、ちょっと待て私。今日はシロノワールを食べるつもりのでコメダ珈琲に逃亡を図ったのではなかったか。メニューに夢中になりすぎて、当初の決断をすっかり忘れていた。自分の馬鹿さ加減に呆れるしかない。

シロノワールと手作りたまごドッグの戦いの火蓋が幕を開けた。
シロノワールは過去に2回ほど食べており、おいしいことは知っている。ソフトクリームがデニッシュパンの熱で少しづつ溶ける。冷と温を楽しむデザートは数あれど、ここまでのボリューム感はそう味わえない。ボリューム感が気になるのならば、ミニシロノワールという選択もある。ミニなら、私のような中年から老年に差し掛かった人間でも、完食できる大きさだったはずだ。

そこでふと、昔母がハーゲンダッツのカップアイスを半分だけ食べて、残りを冷凍庫に入れて「残りは明日食べる」と言っていたのを思い出した。その頃の私はまだ若かったので、アイス1個を食べられないなんて、想像もできなかった。
食べられないのではなく、高級アイスのハーゲンダッツだから、みみっちく半分残すのだろう。明日もチビチビ楽しむのだろう。そう信じて疑わなかった。せこすぎると思っていた。あれは本当に食べられなかったんだと、今になって気が付いた。あの頃の母は、今の私と変わらぬ年齢だったはずだ。

なんだか母に申し訳ないことをした。口に出すことはなかったが、年を重ねつつある母を私は労わるどころか、せこい、みみっちいと思った瞬間があったのは事実だ。亡くなって16年ほど経つが、今夜夢枕に出てきそうな気がする。ごめんなさい。お母さん、ごめんなさい。親不孝な娘でごめんなさい。愚かさと悲しさと懐かしさで胸がいっぱいになった。

シロノワールへの欲望は、そこで一気にしぼみ、手作りのたまごドッグの勝利と相成った。飲み物はたっぷりサイズのカフェオーレにした。

忘れっぽい私は、もう一つ肝心なことを忘れていた。コメダ珈琲店はサイズ感のおかしな店なのだった。
ガリバーにでも出すつもりなのか。名古屋場所の相撲取りが食べるのを意識しているわけでもなかろう。学生街の気のいい店主が発祥の名残なら、ほんの少し理解できる。
店員さんが運んできたたまごドッグは、通常のホットドッグの1.5倍ほどの大きさ。憎しみでも込めたかのような量のたまごが盛られていた。とても手に持って口に運べるような代物ではなく、たまご部分をフォークですくって食べて量を減らし、あらかたたまごのみで満たされてしまった腹にパンを詰め込む。

腹はいっぱいになり、しばらく卵を見るのも嫌になってしまった。こんなことなら、シロノワールを食べておけばよかった。簡単に信念を曲げるから、こんなことになる。心に決めたことは貫くべきだと知った、真夏の逃亡劇であった。

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