あの子と入浴剤と

私は中学2年生の5月か6月頃に引越し&転校をした。引越しをする直前に10:0で私に非がある事が原因で仲違いしてしまった友人(以下A)がいたのだが、Aは中学1年のクリスマスに「誕生日プレゼントも兼ねて。かなり遅くなったけど」といった内容のことを言って、私に可愛らしいラッピングが施された入浴剤をくれた。友人からプレゼントを貰うということがなかったわけではないのだが、しっかりとしたプレゼントを貰ったことは初めてだったためとても嬉しく、使うことが勿体ないと感じてしまいなかなか使うことができなかった(使ってなんぼなものなのだから使いなさいという話である)。そうこうしているうちに引越しが決まったのだが引越し先の家には浴槽がなく(シャワーのみ)、一向に入浴剤を使うタイミングを図ることができない。そうしているうちに中学を卒業し、高校へと上がった。しかし高校の間は寮生活をしていたため、約5年もの間プレゼントで貰った入浴剤を使えずにいた。
話は変わり数週間前。春から専門学校に通うにあたり、アパートで一人暮らしをすることになった。荷物の運び込み、必要な家具や生活用品の買い出し、更にはそれらの片付けなどで疲れ切っていた私は、その日の夜に浴室にある浴槽にお湯をはり、久しぶりにお湯に浸かろうとしていた。その時ふと思い出したのだ。そう、Aから貰った入浴剤のことを。2つあるうちの1つは従妹にあげていたため私の手元には1つしか無かったものの、形が崩れることなくしっかりと残っていた。香りはなんだったかな、ムスクって書かれてたかな、などと考えながらパッケージを空け、浴槽へと放り込んだ。入浴剤がしゅわりと溶け広がり、透明だったお湯がじんわりと紫色に染まっていく。絵の具のついた筆を汲みたての水の中に入れてその色が広がっていくさまを見る時のような、なんとも言えないワクワク感。
しかしひとつ、違和感がある。入浴剤にあったであろう香りが、匂いが、ほぼほぼがしないのだ。何故か焦って溶け残っていた入浴剤を手に取ると擦って潰し、匂いを嗅いでみた。確かにほんの少し、ムスクの匂いを感じる。しかしほぼ無臭、入浴剤が溶け切ったお湯からはなんの香りもしなかった。

それもそうか。

 5年、5年も経っているのだ。小学1年は最高学年1歩手前となり、オリンピックだって開催される。それくらいの年月だ。いくらギフトとはいえ、入浴剤。香りが消えていたっておかしくはない。むしろ僅かながら香りが残っていただけ運が良かったのだろう。
そのときお湯に浸かりながらふと思い出したのは、「人間の五感で最後まで覚えているのは匂い」ということだ。私はもうAの声も顔も、何も思い出せないということに気がついてしまったのだ。自分の非を悔やみ謝罪の手紙を書き、別れ際に彼女の家のポストに手紙を入れた程に、友人になれたことを喜んでいたはずなのに。AとはInstagramで繋がっているが時の流れと人の変化というものは無情なもので、彼女がInstagramに載せている写真を見ても顔を思い出せるようなことは一切ない。電話をかけることだって、躊躇してしまう。でも離れてしまえば案外そういうものなのかもしれないな、などと思う。ふと思い出して元気かなと思いはするものの、特にアクションは起こさない。そうして互いに互いの声や顔も忘れて、覚えているのは名前だけ。結び付きが強いようで実は大して強くもなかった。Aと私はそういった関係だったのだろう。
私は高校では共通の話題で盛り上がることができる気心も知れた友人ができたし、Aもきっとそうなのだろう。これからも時々思い出しては元気かな、と思うだけの、そんな相手なのだろうなとぼんやりと考えたのだった。

それでも私は、今でもムスクの香りが好きだ。

【どうでもいい追記】
ちなみにAがくれたのは、当時サンハーブから出ていたバスギフトハウスの紫色のものだった。一番好きな色が紫色だし、何よりパッケージがとてもかわいかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?