現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その30)

 皇后宮《こうごうのみや》は、風の噂で自分の居場所が相手に知られることもきまりが悪く、つらいことだと悩んでいたが、一方の関白は現実ではなくとも、せめて夢や幻で構わないので一言でも声を聞きたいと思っていた。逢瀬《おうせ》がかなわぬ恨めしさに、関白は「誰もが岩や木になって暮らすべき世の中なのだ」と幾度となく繰り返し自分に言い聞かせたが、その思いもむなしく、皇后宮の面影ばかりが身を砕き、耐え難い思いで明かし暮らした。
(続く)

 前回、やや曖昧だった皇后の密通相手が関白だと明言されました。しかも、関白はどうやら今もなお皇后に対する思いが忘れられないようです。つまり、実妹の中宮を差し置いて皇后に肩入れする理由は、単なる下心だったということになります。

 これまで何度か言及しましたが、本作における皇族の女は、美貌の容姿と共に男を惑わす「魔性の血」を受け継ぎます。皇后はその始祖とも言える人物で、彼女の血が人々を動かし、歴史を紡ぎ、「我身にたどる姫君」という作品を形作っていきます。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


※Amazonで現代語訳版「とりかへばや物語」を発売中です。
 https://www.amazon.co.jp/dp/B07G17QJGT/