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現代語訳『さいき』(その4)

 程なく夜が明けてきた。失望した佐伯は下女に包みを持たせて清水の舞台を出て行こうとしたものの、あまりの名残惜しさに引き返し、女の袖《そで》を引きながら二首の歌を詠んだ。

  別《わか》るれば我こそ憂《う》けれ暁《あかつき》の鳥は何しに音《ね》をば鳴くらん
 (あなたと離ればなれになってしまうことを考えるだけで、わたしの胸は張り裂けそうです。どうして鶏《にわとり》は明け方に声を上げて鳴くのでしょうか)

  来て見てぞ宿のつらさも知られける君故《ゆゑ》濡《ぬ》るる袖《そで》と思へば
 (清水寺であなたと出会ってしまったため、きっと宿で独り寝のつらさを思い知ることになるのでしょう。あなたを慕う涙で袖《そで》を濡《ぬ》らしながら)

(続く)

 そうこうするうちに夜が明けてしまいましたが、佐伯はこのまま立ち去るのが名残惜しく、女に歌を贈りました。一夜を共にした男女が交わし合う「後朝《きぬぎぬ》の歌」を意識したものです。

 少し見方を変えると、太陽の光が入ってくることで「明るい場所で見てもやはり美人だ」「しかもこの女にはパートナーがいないようだ」という心境変化が後押ししたとも言えます。

 なお、次回の更新で、二首の歌を読んで気づいた点を挙げます。ご興味がある方は一緒に考えてもらえると嬉しいです。

 それでは次回にまたお会いしましょう。


【 主な参考文献 】


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