現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その28)

 まだ大将だった頃の関白は言葉で言い表せないほどの浮気性で、世間に惑わされぬ女はいなかった。正妻を迎えることもなく日々を過ごしたが、世の中の位階や信望を極め、関白という揺るぎない地位に就いた後は、心の赴くまま女に手を出すことができなくなってしまった。
 見た目は落ち着いたものの、好色な心はまだ残っていたため、北の方をさほど愛してはいなかった。北の方の父親から託されたことを思い出すと気の毒で、昔から正妻として重んじてきたが、そうは言っても心中の愛情はそれほどでもなく、女癖が落ち着いた今はかえって夫婦仲がいいように見えた。
(続く)

 今回から関白に関するエピソードになります。
 かつては好き者として名を馳せ、かなりのやり手でしたが、冠位を極めた後は落ち着かざるをえず、現在は北の方(権中納言の母親)との夫婦仲もそれほど悪くないようです。

 ただ、これまで清廉潔白で情に厚い好人物として描かれていたので、少しイメージが違うと感じた方もいると思います。また、彼の息子である権中納言も、最初は一途な恋に悩む好青年だったのに、途中から単なる好き者に変わってしまいました。――これらは恐らく作者の人物造形の癖で、男の登場人物に対して「表」と「裏」の二面性を持たせようとするようです。
 とてもうがった読み方で、あくまでわたしの個人的な想像ですが、この二面性は作者の男性に対する憧れや恐れの裏返しで、作者が女性である証拠の一つだと思っています。もちろん、あらかじめ想定読者を女性に設定して、意図的にやっている可能性もありますが、それはそれですごいことだと思います。
 ところで、どうして突然、関白にスポットが当たったのでしょうか。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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