現代語訳『伽婢子』 幽霊諸将を評す(4)
これに直江《なおえ》山城守が応じた。
「いずれの大将も長所には青天《せいてん》に昇るような美点が現れ、短所には深淵《しんえん》に沈むほどに欠点が出て、評価が定まらない。孟子《もうし》に『彼《かれ》も一時、此《これ》も一時』と書かれているように、すべてのものは時と共に移り変わる。ただ、天命に従わなければ大業を遂げることはできない。――諸将の中で、北条氏康《うじやす》は生まれつき非常に温和な性格で、家臣たちに慕われ、篤実《とくじつ》な上に仏の道を修めた人物である。陣立ては緩やかだが本陣は堅固で、敵に勝つために刃《やいば》だけに頼らない。自軍の勢いを見定めて兵を浪費せず、天運を待ち、危険な策は用いない。このため、結果が出るまでに時間は掛かるが、一度得たものは失わない。常に権威を内に隠し、謙譲の姿勢で振る舞っている。だが、時と場合によっては無能な将にさえ劣る。氏康はひたすら和を好み、兵を惜しむため、武勇においては信玄・謙信にまったく及ばない。守文《しゅぶん》の徳(武を用いずに文で国を治めること)のみに優れ、祖父や父が成し遂げようとした覇業を怠っている。従って、天下統一の大業がかなうことはなく、その威名《いめい》もいささか低いと言わざるを得ない」
(続く)
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今回は北条氏康に対する評価が書かれています。
これまで登場したいずれの批評も「他国の将が大名を批評する」というスタイルで、しかも長所を言ってから短所を述べていることから、前半の長所パートはお世辞半分で、後半が発言者の本音だと見なすことができると思います。
(たとえば、「温和」で「天運を信じて危険な策を用いない」というのは、暗に「臆病者」と非難していると受け取れます。しかも、大名を名前で呼び捨てにする一方、しばしば回りくどい尊敬語を用いていることから、いかにも「慇懃無礼」な印象の発言になっています。)
ちなみに、発言者の「直江山城守」は「直江兼続」とは別人です。(直江兼続はこの時点で六歳)
続きは次回にお届けします。それではまた。
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