現代語訳『伽婢子』 幽霊諸将を評す(3)

 続いて、山本勘介《かんすけ》が口を開いた。
「いずれの諸将も何かしらの徳を備えている。しかしながら、一つの戦術に固執して偏った策に心を奪われ、変化無方《へんかむほう》の理《ことわり》(兵法には決まった型がないこと)を失念しているため、大業を成し遂げることができない。――長尾《ながお》謙信《けんしん》は北越で無双の猛将で、剛毅《ごうき》な性格と強靱《きょうじん》な肉体で並ぶ者はいない。その身は越後《えちご》にありながら、東海や北陸まで威勢が輝いている。戦えば必ず敵を打ち破り、陣立ては鋭く、変化に富んだ奇策(奇襲)・正策(正面攻撃)を自在に用い、まるで自分の手足を動かすように大軍を率いる。敵の大軍を前にしても地を這《は》う虫けら以下の扱いで、急襲して敵を追い散らす様は、さながら砂を撒くようである。誰がそのような者に矛先を向けようか。だが、ひたすら武勇を求め、小さな戦にも多くの兵卒を費やし、常に後方を気に掛けつつ、国の防備を固めないことで己の勇敢や正義を示そうとするため、いくら配下の兵たちに忠誠心があっても天下統一は難しいであろう」
(続く)

 今回は長尾謙信――上杉謙信に対する批評です。
 合戦においては並ぶ者のいない猛将ですが、己の強さ・正しさを貫くのが目的になっていて、天下統一を成し遂げるのは難しいとのことです。

 続きは次回にお届けします。それではまた。


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