現代語訳「我身にたどる姫君」(第二巻 その8)

 呼び止められた侍従《じじゅう》の君は驚いたものの、とっさに尼君のやり取りを思い返しながら答えた。
「そうでしたでしょうか。確かにお会いしたことがあるような気もします。音羽《おとわ》という所にいた故権中納言の姫君は、このお屋敷にいる宰相《さいしょう》の君とご姉妹ですので、わたしもその縁でしばしば音羽に通っていました。――この春のことでしたでしょうか。二宮《にのみや》様が音羽にやって来て姫君を強引に誘い出そうとしたため、ひどく興ざめした姫君は思い悩んだ末に姿を消し、今もなお音信不通だと聞いています」
 言い繕った話に権中納言は何の疑念を抱くこともなく、ただ再び途方に暮れる思いでむなしく空を見上げた。

  いかにせむ里のしるべに言問へど
  なほ行方《ゆくへ》なき空の煙を
 (いったいどうしたらいいのだろう。音羽の里に縁のある人に尋ねてみたものの、空に立ち上った煙のように行方を絶った姫君の所在がいまだにつかめないままだ)
(続く)

 関白邸で権中納言から突然声を掛けられた侍従の君(姫君の女房)は、とっさに言い繕って姫君の素性をごまかします。「姫君と宰相の君(姫君の女房)は姉妹」と新たな嘘をついていますが、いまだに姫君と連絡が取れていないことに絶望したのか、権中納言はこれ以上、追及しなかったようです。
(もしこの後、宰相の君を問いただしたら、すぐ嘘がばれたに違いありません)

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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