現代語訳『伽婢子』 夢のちぎり(3)

 その夜の夢で左近は橋本の酒屋に行った。
 後ろの川岸から門に入ってすぐに女の部屋に赴くと、部屋の前に風情のある小さな庭があった。折り重なった石組みや峰から下る谷の趣《おもむき》、麓から伝う道は風情があり、山々が重なり、州浜《すはま》の池は澄んで多くの小魚が戯れるように泳いでいる。水辺に生えた忍ぶ草、窓に飛び交う蛍火《ほたるび》が消え残った秋の暮れに鈴虫の音がかすかに聞こえる。軒《のき》に小鳥が入った鳥かごが一つ掛けてあり、焚《た》きしめられた香の匂いに恋心が募り、左近の胸は焦がれそうだった。机の上にはわずかな菊の花が挿してある美しい花瓶と硯《すずり》箱が置いてあり、床には源氏物語や伊勢物語などの風流な草紙が積み重ねられ、壁には言葉にできない思いを慰めるための和琴《わごん》が寄せてある。
 見とれて立ち尽くしていると、気づいた女が嬉《うれ》しげに近づき、微笑《ほほえ》みながら手を取って寝屋《ねや》に入った。二人は百夜《ももよ》語っても尽きぬほどに心に積もった言の葉を語り合い、契りを交わした。川島《かわしま》で分かれた水の流れもやがて合流するように、しばし人目を忍ぶことになるが、二人の逢瀬《おうせ》を妨げる関守《せきもり》は薄情だなどと様々に語り合ううちに、人の別れを知らぬ鶏《にわとり》が八声《やこえ》で夜明けを告げ、灯火《ともしび》の色が白くなったと思ったところ、急に目が覚めた。すべてが夢の中の出来事で、左近は窓のそばで床《とこ》に伏していた。
(続く)

 主人公は夢の中で酒屋(酒場)を再び訪れ、女と初めての契りを結びます。リアルな光景を目の当たりにして、夢なのか現なのか、はっきりと区別が付いていないようです。

 続きは次回にお届けします。それではまた。


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