現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その4)

「中宮の言い分はもっともで、息子は甚《はなは》だ恐れ多いことをどのように思っているのか。それほど苦しげな病には見えないのだが、何か思うところがあるのだろうか」
 関白は結婚を拒む理由を思い巡らしたが、女三宮との密通までは思い至らなかった。そもそも婚儀の話が出る前から立太子《りったいし》の件で中宮との間に亀裂が生じ、女三宮の世話をしてさらに妬《ねた》まれるのが空恐ろしく、二人を結婚させるつもりはまったくなかった。
(続く)

 権中納言と女三宮の関係を知らない関白は、自分の息子が何に悩んでいるのかが分かりません。しかし、帝や中宮が決めたことの上に、話が出てから月日も経っているため、どういった理由であれ、いまさらなかったことにはできそうにありません。

 ちなみに、今回の箇所も主語や指示語がはっきりせず、翻訳者によって訳の内容がかなり異なります。文脈が確定できないのは古典でしばしばあることですが、実は原作の問題ではなく、作者の意図通りに読み取ることができる「機微」が存在し、現代人には理解できていないだけかもしれません。
 これまでに何度か言及しているように、たとえ有名な研究者であっても解釈が正しいとは限らないため、好きな古典作品はできるだけ複数の訳・解説を読み、可能ならば原文に触れてみることをお勧めします。(もちろん、わたしの訳が間違っている可能性も十分にあり得ます。)

 それでは、次回にまたお会いしましょう。


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