現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その23)

「このまま帰ることはできない」と思い乱れる権中納言は、以前に使った戸口に立って咳《せき》払いをすると、宰相《さいしょう》の君が応対に現れた。
「先日、思い掛けない雪に戸惑い、無礼を働いたまま立ち去ってしまったお詫《わ》びを早く言わなければと思っていたのですが、年初の公務に追われて何となく過ごしてしまった怠慢をどうかお許しください」
 宰相の君は内気な性格のため、尼君から託された伝言を途切れ途切れに話した。
「わざわざのご来訪、誠に畏れ多いことです。本来は主《あるじ》が自ら接待すべきところですが、日頃から気分が優れないため、お目に懸かることを躊躇《ちゅうちょ》しております。誠に申し訳ありません」
 話し方やかすかな息づかいが愛らしく、権中納言は「彼女こそが箏《そう》の女に違いない」と思い込み、すっかり心が移ってしまった。
(続く)

「女の正体を確かめるまでは都に帰れない」と焦る権中納言は、屋敷の正面に回って戸を叩きます。応対したのは姫君の女房である宰相の君でしたが、どうやら権中納言は彼女を「箏《そう》の女」だと勘違いしているようです。
 このように喜劇的な要素を時折挟むのが「我身にたどる姫君」の作風です。多くの王朝物語が「源氏物語」を手本とした「上品な悲劇」を追い求めたのに対し、この作品では人の弱さ――滑稽さや醜さをありのままに描こうとします。
 しばしば「下世話な作品」と評される理由の一つですが、奇麗事だけでは済まされない「人間らしさ」を追及した一つの答えだと思います。また、見方を変えると純文学よりも大衆小説・エンタメ寄りな作風と言え、想定読者が貴族階級ではなかった可能性を示していると考えます。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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