現代語訳「我身にたどる姫君」(第二巻 その63)
耐え難くなった権中納言は、気分が悪くなったと言って寝込んでしまった。
突然のことに父・関白は慌てふためき、「このような場合は祈祷《きとう》が必要だ」と言いながら誦経《ずきょう》などを行わせて取り乱した。北の方は心中で、「ひょっとして今回の婚約は息子の意にそぐわないのではないか」と気の毒に思ったがおくびにも出さず、ため息をつきながら小声でつぶやいた。
「どうして今日に限って伏せっているのですか。とてもめでたいことなのに、そのように振る舞っていたら皆が悲しむではありませんか」
(続く)
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婚儀の当日、権中納言は心痛で寝込んでしまい、関白邸は大騒ぎになります。
この騒ぎの中でただ一人、彼の悩みの原因に気づきながらも、冷静でいるのが関白の北の方(権中納言の母親)です。これまでほとんど登場の機会がなく、作者に「何事にも口を出さないおっとりとした人」と評された人物ですが、実は意外と勘が鋭く、しかも現実的な感性の持ち主として描かれているのが面白いです。長年、関白のやんちゃ(女遊び)に付き合わされてきた苦労人ですので、恋愛方面に敏感なのも当然で、何気ない言葉にも重みが感じられます。
――権中納言の悩みに気づきながらもいたわりの言葉を掛けないのは、情がないように感じる人がいるかもしれません。しかし、いくら政略結婚とはいえ、結婚式当日の朝になって「急に気分が悪くなったから結婚式には出ない!」と駄々をこねる息子にどう対処するかと考えると、北の方の対応は至極まっとうで、むしろ背中を蹴り飛ばしてもいいくらいだとわたしは思います。
それでは、次回にまたお会いしましょう。
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