現代語訳「我身にたどる姫君」(第二巻 その24)

 ひどく荒れた夜の様子に、権中納言は独り寝の床《とこ》が耐え難く、寂しさにつらくなり、どうしようもない物思いを慰めようと兵部卿宮《ひょうぶきょうのみや》の屋敷に足を運んだ。だが、あいにく兵部卿宮は夕方に参内《さんだい》したために不在で、ほとんど人もいなかった。しかも、権中納言は冠も着けていないみすぼらしい姿で、後を追って内裏《だいり》に行くわけにもいかない。
 故・皇后宮《こうごうのみや》が住んでいた三条の宮は、東宮が御所に移った後は訪れる者も稀《まれ》で心細げだった。このような風の騒がしい日なら見つからないだろうと、そっと入って覗《のぞ》いてみると、二宮《にのみや》も留守らしく、とても静かだった。
(続く)

 前回、ちょうど二宮《にのみや》が雪の音羽山を訪れていた頃、都にいた権中納言の様子が描かれています。
 皇后の崩御後、東宮《とうぐう》は即位準備で先に御所に移り、女三宮と二宮は三条の宮で暮らしていますが、二宮は音羽山に出掛けているため、屋敷に残っているのは権中納言が恋い慕う女三宮だけになります。
 権中納言の恋の行方が気になるところですが、ここでは久し振りに名前が挙がった兵部卿宮《ひょうぶきょうのみや》(=三宮《さんのみや》)について、少し補足説明をしておきます。

 彼は中宮の御子《みこ》で、権中納言から見ると従兄弟《いとこ》に当たります。これまで描写されませんでしたが、どうやら二人は普段から仲がよかったようです。理想の女が現れるまではできるだけ女から距離を置こうとする兵部卿宮(※第一巻 その18)と、女三宮と姫君に思い焦がれて他の女には手を出そうともしない権中納言は似たもの同士で、確かに気が合いそうです。

 なお、このタイミングで兵部卿宮が再登場したのは、決して偶然ではありません。
 今上《きんじょう》(現在の帝)が退位し、東宮が次の帝になるのはほぼ確定事項ですが、次の東宮がまだ定まっていません。
 東宮はまだ若く、身分に合った女もその子どももいないため、次期東宮としてふさわしい御子がいません。本来ならば弟の二宮が最有力のはずですが、昔から女遊びに夢中な上に、皇后の崩御で政治力が低下し、レースから完全に脱落しています。
 つまり、文中で明言されていないものの、次期東宮の筆頭候補と目されているのが、この兵部卿宮になります。

 ――とはいうものの、実を言うと彼の次の登場はしばらくおあずけです。
 まるでミステリ/サスペンス小説の裏ボス級キャラが、主人公たちの手が届かないところで暗躍するように、「政《まつりごと》を動かしている重要人物(歴史の表舞台に立つキーパーソン)ほど登場回数が少なく、絶妙なタイミングで顔を出す」というこの作品の特徴を覚えておいてもらえると助かります。
(これまでの例で言うと、帝や東宮、故院がこの枠に該当します)

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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