現代語訳「我身にたどる姫君」(第二巻 その53)

 翌日の早朝、中納言の君のもとに後朝《きぬぎぬ》の歌が届いた。

  打ち解けて結ばぬ夢のはかなさに
  今朝《けさ》しもものをまた思ふかな
 (打ち解けて契りを結ぶこともできなかった夢のような儚《はかな》い逢瀬《おうせ》を思い出し、今朝もまた物思いに沈んでいます)

 筆遣いや墨継《すみつ》ぎが見たことのない素晴らしさで、「これこそがこの世の思い出になるものだ」と中納言の君は感動した。
 しかし、いつものように女三宮《おんなさんのみや》に宛てた手紙も添えられていた。

  かぎりとて思ひなる世のつれなさや
  さらばまことのしるべなるらむ
 (あなたのつれない態度に、これが現世の最後だと思わずにはいられません。それならばいっそのこと、わたしを仏道に導いてくれる師と仰ぎましょう)

「それなら、わたしも安心することができます」
 文面を読んだ中納言の君は、いつにもまして胸がつぶれる思いで女三宮に手渡したが、いつものようにまったく気にも留めなかった。
(続く)

 中納言の君のもとに後朝の歌が届きました。――つまり、権中納言と肉体関係があったことを示唆しています。
 しかし、権中納言が思いを寄せるのはあくまで女三宮であり、それを理解している中納言の君は複雑な思いでいます。

 それでは、次回にまたお会いしましょう。


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