現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その54)

 慕わしい残り香《が》が身体から離れず、面影が寄り添い、ただ脱ぎ捨てたままに見える襲《かさね》をそっと引き寄せて色めかしく横になった。日頃から色好みをたしなめられているのにもかかわらず、ここにいるのが皇后宮《こうごうのみや》に知られると非情に具合が悪いのは理解しているものの、ただ地団駄《じだんだ》を踏み、思い乱れながら歌を詠んだ。

  うち重ねなれし衣《ころも》の移り香に
  我しも消えてものをこそ思へ
 (着馴《な》れた襲《かさね》の残り香に、死んでしまいそうなほど苦しい思いをしています)

(続く)

 脱ぎ捨てられた衣の残り香を嗅ぎながら、二宮は思いを歌に託します。王朝物語にしばしば登場する、女に捨てられた男が嘆き悲しむシーンですが、非常にうがった見方をすると、歌を詠むくらいの心の余裕はありますので、不幸な自分を演じて自己満足しているようにも見えます。(そもそも深い関係ではありません。)

 それでは、また次回にお会いしましょう。


※Amazonで現代語訳版「とりかへばや物語」を発売中です。
 https://www.amazon.co.jp/dp/B07G17QJGT/