現代語訳『伽婢子』 幽霊諸将を評す(1)

 甲斐《かい》国郡内《ぐんない》に鶴瀬《つるせ》安左衛門《あんざえもん》という男がいた。その昔、恵林《えりん》寺で行者《ぎょうじゃ》をしていた頃は安蔵主《あんぞうす》という名だったが、気配りの才覚に優れていたことを武田信玄に気に入られ、還俗《げんぞく》して小禄《しょうろく》で召し抱えられた際に、鶴瀬安左衛門と名乗るようになった。
 永禄《えいろく》九年七月十五日、安左衛門は盂蘭盆《うらぼん》の法要をしてから甲府《こうふ》に出て、家中の拝礼を済ませると日暮れになった。恵林寺の快川《かいせん》和尚に面会しようと西郡《にしごおり》に赴いたが、どうしたことか一緒にいた従者たちを見失い、誰一人としてついて来ない。仕方なく一人で向かうと、寺の門外で多田《ただ》淡路守《あわじのかみ》とすれ違った。
「淡路守殿は信玄公の秘蔵の足軽大将で、武勇・力量ともに優れ、家中で認められているだけでなく近隣諸国の諸大将にまで名を知られている。信濃《しなの》国の戸隠《とがくし》山で鬼を切ったこともある人物だが、確か永禄六年十二月二十二日に病死したはずだ。先ほど見掛けたと思ったのは、夢でも見たのだろうか」
(続く)

 今回から新エピソード『幽霊諸将を評す』をお届けします。
 タイトルとお盆という時期設定、死んだはずの武将との邂逅から、どのような物語が展開されるかおおよその予想はつくと思います。

 続きは次回にお届けします。それではまた。


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