現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その68)

 その後、東宮《とうぐう》と対面し、なかなか退出ができないうちに月が美しく差し昇った。少し冷ややかな風が吹く様に、関白は来《き》し方《かた》行く末に思いを馳せながら胸を痛めた。
 皇后宮《こうごうのみや》はひどく衰弱し、もはやこれが最期かと思われた。残される子どもたちの身の上が何かと気掛かりで、しかも自分で決めたこととはいえ、長年の関白の好意にまったく気づかぬ振りをしたままこの世を去るのは物悲しく、宮の宣旨《せんじ》を介して口上を述べた。
「恐れ多くもこのような場所に足を運んでいただき、もはや未練のない世とはいえ、いましばらく留《とど》まりたいと感じています。末期《まつご》のひどく見苦しい姿のため、直接お話しできない無礼をどうかお許しください。長年、あなたの思いを知りつつも、言葉にしてしまうとかえって浅くなってしまいそうで、ただ胸の内に秘めていました。しかしながら、何かの機会に気づいていることをお伝えしたいと悩んでおりましたので、甲斐《かい》のない命とはいえ、至極残念に思っております」
(続く)

 もはや自分の命がほとんど残されていないことを悟った皇后は、事情を知っている宮の宣旨を介して、関白の愛情に気づいていることを告白しました。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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