現代語訳「我身にたどる姫君」(第二巻 その57)

 中納言の君は、ただ夢の中の夢の出来事のように思った。しばしば鳥の鳴き声が聞こえる上に、女房たちが近くで身じろぎする気配もするので、死んでしまいそうなほどに焦り、とにかくこの場からすぐに離れるようにと、身体を揺すりながら必死に訴えた。
 不本意ながら立ち去る権中納言の心境は言いようがなかった。

  限《かぎ》りありて命《いのち》絶《た》えずはいかがせん
  契《ちぎ》らぬ暮《く》れの今日《けふ》の思ひよ
 (このままあなたを思い悩んで死んでしまったら、どうしたらいいのでしょうか。今日の暮れの逢瀬《おうせ》の約束がないことが、ひどくつらくてなりません)

 しかし、涙にむせ返る様子も、ただいとわしく思う女三宮には何の甲斐《かい》もなく、夜が明け果てぬ前から思い乱れる権中納言の心の内は、本当に死んでしまいそうだった。
(続く)

 女三宮と強引に契りを結んだ権中納言ですが、事が発覚するのを恐れ、嫉妬する中納言の君に夜明け前に屋敷を追い出されます。
 もうお気づきかと思いますが、これは関白と皇后宮が契った時のシチュエーションをそのままなぞっています。

 それでは、次回にまたお会いしましょう。


※Amazonで『現代語訳 とりかへばや物語』を発売中です。