現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その72)

 本当に露のように消えてしまったので、その場にいる誰もがうろたえたが、中でも御子《みこ》たちが取り乱す様は筆舌に尽くし難かった。
 関白は空を歩いているような心地を隠し、平然を装って車に乗り込んだが、すべてが現実のこととは思えなかった。
「これが現世での宿世《すくせ》だったというのか」
 止めどなく涙が溢《あふ》れ、目の前がはっきりと見えなかった。帰宅後、自分の部屋に入って扇に書かれた歌を読んだ関白は、「夢の出来事ではないか」と繰り返し思い乱れた。
 帝も死去の知らせを受けると部屋に閉じ籠《こ》もった。人々は世が暗夜に閉ざされてしまった心地がして、誰もが皇后宮の早すぎる死を嘆いた。関白も「折が悪いことに病になった」と称して屋敷から出なかったが、ただ一人、中宮だけが「道理に外れた成り上がり者は長生きできぬ世の中なのだ」とほくそ笑んでいた。
(続く)

 皇后の死を巡る人々の様子が描かれています。死に目に会えなかった帝をはじめ、多くの者たちが悲しみに暮れる中で唯一、喜んでいる中宮の悪役ぶりがなかなか強烈です。しかし、これまで帝や実兄(関白)から見放されてきた状況を鑑みると、そのゆがんだ心情も理解できないわけではありません。

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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