現代語訳「我身にたどる姫君」(第二巻 その49)

 姫君が歌で答えた。

  その色と分《わく》つ方《かた》もなきはかなさを
  いかに染めける涙なるらむ
 (誰の喪なのかも分からないような儚《はかな》い身の上ですのに、どうしてあなたが涙で袖を濡《ぬ》らすのですか)

 心中の思いが自然に口をついたのだろうか、儚《はかな》げにつぶやく様は今にも消えてしまいそうで、ここで姫君を見捨てて死のうとしても逝くことは難しいと思われるほどであった。
 権中納言には嘆きの理由が分からなかったが、あまりにも心に染みる姫君の様子に感動した。しかし、そうは言っても甲斐《かい》のない相手である。御前《ごぜん》の高欄《こうらん》にもたれ掛かりながら、桜の花がすっかり散る様をつくづくと眺める姫君は夕日に映《は》え、この上なく美しい姿を眺めながら権中納言は歌を口ずさんだ。

  雲居《くもゐ》吹く風の心に誘はれて
  思はぬ方《かた》に馴《な》るる花かな
 (空の彼方《かなた》から吹く風に誘われて、思わぬ方角に流れていく花であることだ)

(続く)

 喪をいたわる権中納言に対し、姫君は歌で本心を返します。関白邸に引き取られた今も自分の素性がはっきりとせず、誰のための喪なのか(=母親が誰なのか)を教えてくれない周囲に、かすかな不信感を抱いているようです。
 一方の権中納言は、相手の美しさに心を奪われつつも、甲斐《かい》の相手だと理性で衝動を押しとどめているようです。

 ちなみに、二つ目の歌にある「花」は、姫君なのか権中納言なのかがはっきりしません。
 姫君のはかなさと散る桜を重ねているという解釈と、空の上から吹いてくる風(=中宮の意向)を受けて戸惑っている権中納言の心を表現している解釈が成り立ちます。
 前者の場合は「相手は妹にもかかわらず、思い掛けず魅了されてしまった」という意味になり、後者の場合は「自分の気持ちとは関係なく、女四宮と結婚することになってしまった」という嘆きになります。
(わたしの訳は後者寄りの解釈にしてあります)

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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