現代語訳『伽婢子』 一睡卅年の夢(2)

 ある日、京都から二人の使者がやって来た。召集命令に従って急いで上洛《じょうらく》すると将軍はとても上機嫌で、その場で一万貫《かん》の領地を与えられて河内守《かわちのかみ》に任じられた。こうして京にいる二年間に、将軍の相伴衆《しょうばんしゅう》になり、威勢が高く、肩を並べる者はいなかった。
 その後、暇《いとま》を願い出て山崎に戻った七郎は、要害の地を選んで大きな屋敷を建てた。召し使う上下の侍、出入りする人々は数知れず、門外には繋《つな》がれた馬が途切れることがなく、各地から集まる使者は日ごとに増えた。
 それから三十年の間に、七人の息子と三人の娘をもうけた。四人の息子を京都に上らせて将軍家に奉公させ、二人の娘を摂津《せっつ》国河内に遣わして武門の名が高い細川氏に嫁がせ、また細川氏の兄弟を婿として迎えた。内外に八人の孫が生まれ、一家の繁盛を極めた。
 しかし、突然、敵が三千余騎で押し寄せ、四方から火を掛け、鬨《とき》の声を上げて攻め入ってきた。妻子は驚き、泣き叫んだが、家人《けにん》たちは恐れをなして逃げ落ちてしまったため、防ぐことができない。覚悟した七郎は腹を切ろうとしたが、生け捕ろうと乱入してきた敵と取っ組み合いになり、汗水を流しながら必死に押し返しているところで夢が覚めた。
 起き上がって従者に「今は何時《なんどき》か」と尋ねると、まだ未《ひつじ》の刻で、たった一時《とき》の間に三十年を経験していた。思えばこれは「邯鄲《かんたん》一炊《いっすい》の夢」で、よくも悪くもこの世は夢のようなものだと悟った七郎は、従者に暇《いとま》を取らせるとすぐに出家し、高野山に籠《こ》もって信心深い修行者になったという。
(了)

 今回で『一睡卅《さんじゅう》年の夢』は終わりになります。
 故事になっている「邯鄲《かんたん》の夢」の別バージョンで、オリジナルは中国の『桜桃青衣』という作品になります。原作の主人公は夢の中で科挙《かきょ》に合格し、立身出世したところで目が覚め、むなしさを覚えて世を捨てますが、仏教的な感覚が作者・浅井了意の好みに合ったのかもしれません。

 次回からは新しいエピソードをお届けします。それではまた。


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