現代語訳『伽婢子』 長生の道士(1)

 安房《あわ》国の里見《さとみ》義弘《よしひろ》が武勇で国を治め、次第に勢力が増していた頃、朝夷《あさいな》郡から一人の老人が城に連れて来られた。齢《よわい》を尋ねても「数百歳になる」と答えるばかりで、正確な年齢を覚えておらず、髪や髭《ひげ》は白から変じて黄金色の糸のようで、目の色は青く、耳が長く、一見したところ五十歳ほどの顔つきで、座ると垂れた髪が地面に付いた。名を問うと「岩田《いわた》刀自《とじ》」と名乗った。
 老人は、鳥羽院の御代に三浦《みうら》大介《おおすけ》義明《よしあき》に同行し、下野《しもつけ》国の那須《なす》野の狩り場に赴いて九尾《きゅうび》の狐を殺したこと、その際に砒霜《ひそう》の殺生石を砕いたために大勢が毒に当てられ、高熱を発して狂乱した後に死んだことを、まるで今見てきたかのように語った。
(続く)

 今回から新エピソード『長生《ちょうせい》の道士《どうし》』をお届けします。お気づきかと思いますが、冒頭から登場している謎の老人が「長生きしている道士(仙人)」本人になります。

 文中に記載のある「九尾の狐」は「玉藻《たまも》の前」の異名で有名な化け狐です。ただ、この件に関して原文に幾つか間違いがあるため、訳では修正しておきました。(老人の怪しさを強調するための意図的な表現なのかもしれませんが、恐らく単なるミスだと思われます)

 ・「後鳥羽院の御時」 → 「鳥羽院」の間違い
 ・「信州奈須野」 → 「野州(下野国)那須野」の間違い

 あと余談ですが、「信州那須市」は『犬神家の一族』(横溝正史の金田一耕助シリーズ)に登場する架空の地名になります。――こちらは長野県諏訪市がモデル地です。

 続きは次回にお届けします。それではまた。


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