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現代語訳『さいき』(その9)

 ある日、佐伯は真剣な表情で膝を進めて女に告げた。
「今すぐにでもあなたをお連れして国元に帰りたいと思ってはいるのですが、わたしには竹松《たけまつ》しか従者がいないため、不快な思いをさせてしてしまうのが目に見えています。筑紫《つくし》に到着次第、すぐ迎えに上がることを固く約束します。再びお会いできるその時まで、絶対にあなたのことを忘れはしません。今やわたしたちの心は一つです。道中の安全を祈り、わたしを忘れないでいてくれるのでしたら、迎えに行くまでこれを形見としてお持ちください」
 そう言って鬢《びん》の髪を少し切って手渡した。女は別れたくないと思ったものの、止める術《すべ》はなかった。

(続く)

 佐伯はついに女との別れを切り出し、後日、迎えに行く旨を約束します。連れて行けない理由については「従者が足りないために迷惑を掛ける」と釈明していますが、女の世話をする女房を雇えないほど切羽詰まった経済状況ではないのは、これまでの文章から分かると思います。

 それでは次回にまたお会いしましょう。


【 主な参考文献 】


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