現代語訳「我身にたどる姫君」(第二巻 その16)

 対屋《たいのや》の姫君を目の当たりにした権中納言は、あの音羽山《おとわやま》の姫君のことばかりが思い出されて、人の少ない折に侍従《じじゅう》の君と親密に語り合った。
「やはり、あの人の行方が判明したら必ずお知らせください。もう一度、どうしてもお伝えしたいことがあるのです」
 涙ぐみながら熱心に訴え掛けてくる権中納言に、侍従の君は「困ったことになった」と思いながらも、素知らぬ風を装って微笑しながら答えた。
「わたしには元より知るべき頼りがありません。二宮様が足を運んでいた頃、わたしも手持ち無沙汰でしばしば音羽山を訪れ、姫君の琴《こと》の音などに聞き入りながらしばらく滞在していましたが、あの尼君でさえ姫君の行方をいまだに把握できておらず、恋い慕って泣いている有様ですので、ましてわたしには分かるはずがありません」
(続く)

 権中納言は対屋《たいのや》にやって来た姫君を目にしてから、音羽山の姫君のことがひどく気になり、女房である侍従の君と親しく語らうようになります。
 以前にも何度か触れていますが、この「我身にたどる姫君」では物語の裏方である女房にしばしばスポットが当たります。女房の立場になって読むのもいいですし、メインストーリーではないからとさらっと流してもいいかと思います。(この後、しばらく女房たちに関する話が続きます)

 それでは、また次回にお会いしましょう。


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